4.





 店を出ると、外はまだ太陽高く昇る昼だった。少し暗めの照明がセブルスの時間感覚を狂わせていた。
「早く会社に戻らねば……」
「今タクシー拾ってくるから待ってろよ……あ」
 歩きかけた足を止め、シリウスが声をあげた。
「おーい、ビル!」
「え!?」
 ぶんぶんと腕を振り、シリウスは車道を挟んで向かいの道を歩いてくる人物に呼びかける。その子供じみた主張で、彼は程なく気づいた。
 赤い長髪、爽やかな笑顔。ウィーズリー家長男、ビル=ウィーズリーだった。
「せんぱ……じゃなかった副社長、お久しぶりです!」
「おー久し振り! こんなところで何してるんだ?」
「この先の蕎麦屋に昼飯を食べに行ってきたところです」
「貴様達……知り合いなのか?」
 和気藹々と喋る二人に、セブルスはおずおずと声をかける。そんなセブルスに、ビルはにっこりと微笑む。
「学生時代、部活の先輩だったんですよ。クィディッチ部で」
「そうそう、こいつすぐにエースになって」
「やだなあ先輩には敵いませんよ本当に。本当に」
 見ようによっては苦々しげに見える表情でビルは言う。
「そんなに褒めるなよ」
 その表情に全く気付かない男、シリウス=ブラック。
「そうだビル、こいつのこと会社に連れてってくれないか?」
「え?」
と思わず言ったのはセブルス。
「いいですよ」
 一つ返事で答えるビル。
「ねえスネイプさん」
「あ、だって、貴様だって社に戻らねばならないだろう! ブラック」
「うーんそうなんだけど」
 少し頭の後ろを掻いて、シリウスは道のずっと先を指さす。
「あっちに今商談中の人達がいるんだよね」
「我輩には見えないがな!」
 それともこの男の視力は5.0か?
「だったら我輩もいたほうが……」
「おまえはジェイの秘書だっていう自覚を持ってほしいんですけどね、スネイプさん」
「じゃあセブルスさん、行きましょう? 向こうに車停めてあるんです」
 さりげなく、しかし強い力で背中を押された。
「じゃあビル、頼んだぞ」
「任せてください」
 我輩の意思を少しは尊重しろ、と怒鳴りたかったのを、本当に取引先の人々がやってきたのでぐっと飲み込んだ。





「そういえば、なんでビルがスネイプの名前知ってたんだ?」
 一人になって、シリウスはふと呟く。





「……で」
 ぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「どうしてこんなことになっているんだね? ビル=ウィーズリー君」
「我慢できなくてつい」
 毒のない笑顔で笑う。ビルが身じろぎし、赤い髪がセブルスの頬にかかる。
 運転席にはビル、助手席にセブルス。最初は二人ともシートベルトをしていたのに、今はセブルスだけ。どころか車は駐車場を出ると会社と反対方向に向かい、人気のない路地裏に停まった。ビルはシートベルトを外し、セブルスに覆いかぶさるように体を動かした。
 そして今に至る。
「キスしていいですか?」
「断る」
「あの時は良かったのに?」
―――
 二人が知り合ったのは新社員説明会。セブルスは司会、ビルはその年の新入社員。声をかけてきたのは、ビルだった。
 でも、キスしかしていない。
「だから続きがしたいんですよ」
「いやだ」
「じゃあキスだけでも」
「あっ……」
 シートベルトとビルの腕が邪魔し、セブルスは容易に唇を奪われた。
「ん……」
 最初は触れるだけ、二回目からはディープキス。何度キスしたかどれほどキスしたかわからなくなって、ようやくビルは唇を離した。
「あれ? スネイプさん、大丈夫ですか?」
「……っ」
「そんなに良かったですか?」
「うぬぼれるなっ!」
 耳元で囁かれて顔を赤くしながらセブルスは怒鳴る。
「そんなに大きな声出さないで下さいよ。車の中は狭いんですから」
「気が済んだろう! 会社に行け!」
「いえ俺はまだ……」
 ピルルルルルル。
「ん?」
 ピルルルルルル。ピルルルルルル。
「我輩の電話だ! どけ!」
「いたっ」
 ピルルルルルル。ピルルル「はいっスネイプです」
「あ、セブルス?」
「エヴァ……リリー」
「あなたどこにいるの? シリウスから、もうそろそろ帰っている筈だって連絡があったんだけど」
「あ、すまない、ええと……」
 どこかと聞かれても、それはセブルスにもわからない。さっと腕が伸びてきて、ビルが携帯電話を奪った。
「もしもし、ビル=ウィーズリーです」
「あらビル。久しぶりね」
「スネイプさん、ちょっと車に酔っちゃったみたいなんです」
 なに!?
 セブルスは声にならない声で口をぱくぱくと動かす。
「ええ、でももう平気そうなので会社に向かいます。じゃあまた、リリー先輩」
 ピッと電話を切って、ビルは平然とした顔で、またあの爽やかな顔で、セブルスに「はい」と携帯電話を返した。
「貴様は……」
「え? なんですか?」
「…………もういい……」
 年下だからか笑顔のせいかなぜか追及する気にならず、セブルスはシートにもたれた。はい、とにっこり笑って、ビルはセブルスを乗せた愛車をホグワーツ社まで走らせる。










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やっぱりお色気担当スネイプさん。
ビルのキャラがジェーと被りますがジェーの方がひどい男なのです。


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