5.





 あれから数えればまだ数年しか経っていないが、その間にあったいろいろのことを思い返せば気の遠くなるような歳月に感じる。だから昔と云っていいほどの遠い過去、セブルス=スネイプはジェームズ=ポッターと云う一人の男を、命より愛したことがある。それは嵐のような日々の中で凍結されたままセブルスの中に残っているのかも知れなかった。一瞬の邂逅でそれは熱され、溶け、全身に巡って神経を支配し始めた。その支配が完全なものとなるのに、そう時間はかからないだろう。





 社に戻ると、早速に海外事業部まで連れて行かれた。シリウスとリリーが後ろから見張るようについてくる。重役が二人揃って何をしてるんだと云えば自分のお守。また泣きたくなってきたセブルスだった。
「ほらスネイプ、さっさと行ってこい」
 シリウスに促され、意を決して海外事業部のドアを開けると、にこにこと笑うジェームズが立っていた。
「ジェームズ……」
「やあ、来たねセブルス。さっきは突然走って行っちゃうから何事かと思った」
「う……」
「歓迎します、セブルス=スネイプ。我が海外事業部へ、ようこそ」
 優雅な一礼をして、ジェームズは右手を差し出す。セブルスは反射的にその手を握りしめていた。
「これからよろしく」
 それは学生時代と変わらない――― 魅力的と云って申し分ない笑顔だった。



 副社長とその秘書コンビはいつの間にかいなくなっていた。セブルスは海外事業部の全社員の前で一通り挨拶を済ませた後、ジェームズと共に部長室にいた。
「リリーから一通りは聞いてるよね?」
「ああ」
「良かった。レクチャーしている時間はあまりないんだ。実は明日のプレゼンの準備が押している。今日は徹夜になるかも」
「ああ、ダームストラング社か」
「うん」
「わかった、仕事しろ」
「うん、ありがとう」
 ダームストラング社は、現在ホグワーツ社が社運を賭けて交渉している会社である。ジェームズはセブルスがそこにいることなど忘れたように資料を読み始め、セブルスも気にせず自分の仕事を始める。ジェームズはいつもふざけてばかりいるが、その仕事ぶりはとても誠実で真剣だということを、もちろんセブルスは知っていた。だから先ほどシリウスに云ったように、ジェームズの全てが嫌いなわけではもちろんなかった。



 その夜、十時過ぎ。
 セブルスはとっくに家に帰し、ジェームズはまだ会社に残って仕事をしていた。あともう少しで蹴りがつく。そうしたら帰って……ああ、夕飯を作る気力はないなあ。どうしようか。
「ピザでもとる?」
と、部長室を出て部下に声をかけようとした、そのとき。
 ゆっくりと、海外事業部のドアが開いた。
 ジェームズもその部下も、身動きできずにいた。夜が姿を変えてやってきたのかと思うような漆黒が廊下から室内へと漏れ出ていた。
「あの」
 漆黒が声を発した。それはセブルスの声に似ていた。
――― セブルス」
 ジェームズが口の中でようやく云った。「セブルス?」
 扉の影からおずおずと姿を現すその人は、昼間と同じ美しい声音をしていた。
「あの……差し入れだ。もう何か食べているかもしれないが」
 そうして大きな袋を差し出す。受け取ると温かく、食欲をそそる香りがした。部下に渡して開かせると、いろとりどりと具を挟んだサンドイッチと、飲み物の入った魔法瓶までついていた。部下達の間で歓声が上がり、ジェームズが許可を出す暇もなくそれは部下の口の中へと消えていく。その様子を見てセブルスがほっと息をついた。
「ありがとう、セブルス。作ってくれたの?」
「……ああ」
 ジェームズも一つもらって食べる。生ハムとルッコラを挟んだフランスパンのサンドイッチ。作りたてを急いで持って来てくれたようだ。パンが香ばしい。
「おいしい。本当にありがとう」
「……良かった」
 セブルスは初めて安堵したように微笑を浮かべる。まるで花がほころぶように。ジェームズはセブルスの浮かべる表情の中で、その笑顔が一等好きだった。差し入れに恍惚としている部下をそのままに、二人は部長室へと場所を移す。ジェームズはさりげなくブラインドを下ろした。
「終わりそうか……?」
「うん。あと少し」
 そうか、じゃあ、と頷いたセブルスを、ジェームズは抱きしめてその髪に顔を埋めた。じゃあ、の続きは帰る、と続ける筈だったセブルスは、意外にも抵抗しなかった。口づけた唇はあの頃と変わらぬ感触。深く舌を絡めて離すと、セブルスが小さな声で云った。
「変わらないんだな」
「変わらないものなんてないよ」
 自分も同じことを思っていたのにジェームズはなだめるようにセブルスの髪を撫でた。その嘘はきっと気付かれているし、気付かれていることにも気付いているから、二人ともそれ以上言葉を繋がず、長い歳月を想いながら、もう一度唇を重ねた。










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ひみつなふたり。


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