3.





 さて、どこへ行ったものか。
 五階の廊下を歩きながら、セブルスはぎゅ、と眉間に皺を寄せる。
 海外事業部部長のファイルは受け取ってしまった。自分の代わりを務めるだなんて勇気のある秘書はいるまい。リリーはジェームズのところに行くよう脅すだろうし、秘書課の誇るもう一人の女傑、マグゴナガル女史は社長秘書をしている。
 ジェームズ=ポッターならば秘書がいなくても三ヶ月くらいはなんとかなるだろうが、しかし―――……。
「おーい、スネイプ!」
 呼びかけられた声に慌てて振り返ると、シリウス=ブラックが悠々とこちらに向かってきていた。
 一人だ。自分の代わりに彼の秘書になったリリーがいない。
「……エヴァンスは?」
「今は社外に出してる。急に必要になったデータがあってさ」
「そうか」
 ほっとして胸を撫で下ろすセブルスに、シリウスは屈託ない笑顔で続ける。
「やっぱお前の方がデータ探すのとかは上手いな。華が無いけど」
「余計なお世話だ」
「なんだかんだ云っててもよくやってくれたから残念と云えば残念だけど、これからはジェイのところで頑張れよ」
「ああ……ジェームズ=ポッターの…………ポッターの……うっ」
 じわりと、セブルスの涙腺が弱くなる。
 弱っている時にかけられる優しい言葉は毒である。
 俯いたセブルスの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「えっ、ちょっと待て、俺、なんかした!?」
「うー……ううー……」
 セブルスは首をぶんぶんと振って涙を拭うがそれは止まらない。シリウスはおろおろするだけである。
 おろおろおろおろ。
「な……、泣き止めって、な?」
「うっ……貴様の下で働く方が……ひっく……まだ、良かった……!」
「いやそれは嬉しいけどでもリーマスの決定だしダンブルドアは出張中だし……」
「たとえ貴様がルーピンを連れ込んでも……ひっく……何人もの女子社員が毎日の出勤、退社の度に殺到しても……うう……貴様が良かった……!」
「えっ嬉しいけどそんなこと云われても―――
 おろおろおろおろおろおろおろ。
 シリウス=ブラックは女の子の涙には冷静だが男の涙にはとことん不器用なのだった。
 キーンコーンカーンコーン。
 お昼休みを告げるチャイム。
「ほら、ちょっと外へ食べに行こうぜ。気分変えてさ」
「……ひっく…………金が無い……」
 今日は給料日前。給料を貰うとすぐに、高価な本や実験材料を買ってしまうセブルスは、いつも給料日前の一週間は夕食を抜き、昼食は社員食堂の一番安いメニューですませている。ちなみに以前は朝も抜いていたが、ホグワーツカンパニーでそれをすると間もなく貧血で倒れてしまったので朝は普通に食べることにしている。
「俺が奢るに決まってんだろ!」
「……ひっく、施しは……」
「あーもう、いいから来いっ!」
 腕を掴まれ、会社を出、タクシーに乗せられ、あれよあれよと云う間に二人は高級レストランに。
「…………」
 接待でしか来たことがないような、とてもとても高級なレストラン。セブルスは目を丸くして周りを眺めた。
「みっともないからあんまりきょろきょろするんじゃないぜ」
 シリウスに窘められ、さっと顔を赤くしてメニューに向き直るセブルス。
 が、周囲の高価な雰囲気にあてられ、目が回って頭が働かない。
「貴様と同じでいい……」
「そうか」
 シリウスがスムーズに注文を済ませるのをセブルスは感心して眺めていた。さすが名門ブラック家の出身だけのことはある。とうに勘当されてはいるが。
「それで、お前は一体ジェイのどこが嫌なんだよ?」
「どこって……」
 少し躊躇って、セブルスは口にする。
「全部だ」
「…………」
「全部だ」
「二回云わなくても……」
「一千万回云っても足りない!」
「……あっそ。でもジェイのところに行かなきゃいけないっていうのはわかるだろ? リーマスの決定も下ったし、ダンブルドアも出張中だ」
「……」
「ジェイだって仕事中に何かしたりしないし、安心しろよ」
「……何か」
 ぶるりとセブルスの体が震える。
 思い出される今までのジェームズの悪行の数々。
 ぶるぶる。
 いつの間にかおさまった涙が再び溢れ出しそうになる。
 それを見詰めるシリウスは、恋人のリーマスに向けるような目でセブルスに云う。
「そんなに嫌なら……俺がダンブルドアにふくろう便出してやるよ」
「えっ」
 セブルスの目がきらきら光るが、すぐに本当か? と半信半疑に曇る。
「それぐらいやってやるよ。いつどこで届くかわからないけどな」
「……そうか」
「まあいつかは届くだろ。だからそれまで、ジェイのところにいろよ」
「……」
「人事部長はリーマスだからお前に甘いけど、流石に働かないでいられるほど、この会社は甘くないってわかってるだろ」
「……」
 前の会社を追い出されたところを、ダンブルドアに拾われたのだ。
 その恩返しもしなくてはならない。
 この会社の他に、雇ってくれる当てはないのだ。
 生きていけない。
「……わかった……ポッターのところに行く……」
「良し。じゃあほら、食べろよ。うまいんだぜこの店」
 シリウスはがぶりとチキンにかぶりついた。










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社内ランキング泣かせたい人一位を泣かせた同泣かされたい人一位(長。
かっこいい人を書くのは難しいのです。


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