2.





 七階建てのビルの六階に位置する秘書課から、海外事業部のある三階までセブルスは階段で降りる。エレベーターに乗ろうとしたら、満員で乗れなかったのだ。経理部のアーサー=ウィーズリーが譲ってくれようとするのを止めてきたはいいものの、自分がこいつの秘書だったらどんなにマシかと思わずにはいられなかった。
 海外事業部の前に立つ。透明で、何故か防弾仕様のガラスに、金色で『海外事業部』とロゴが書かれている。中の様子は、広々としていて色も白を基調にしているせいか明るく感じるというのがセブルスの記憶だ。
 ドアを開けると、中にいた社員が一斉にセブルスを見た。そして正面の壁に開いた扉が開き、奥の部長室から出てきたのは――― ジェームズ=ポッター。
「セブルス!」
 セブルスは電光石火の早業で扉を閉め、五階の人事部に走った。





「ル……っ、けほっ、…………ルーピンっ!」
 数年ぶりの全力疾走のせいで、セブルスの息は完全にあがっている。
「わーセブルス久しぶりー。歓迎会以来一度も顔見せに来てくれなかったじゃない」
「そのかわりお前がいつもブラックのところに来ては仕事を邪魔していただろう」
「ここだけの話ね、セブルス」
 ちょいちょい、とセブルスを呼んで部屋の隅に呼ぶリーマスに、セブルスは警戒しながらも近付いて行く。充分に距離が狭まると、リーマスはセブルスの耳に口を近付けて云った。
「僕はシリウスに呼ばれたんだよ。チョコくれるっていうから仕方なくさあ……」
「あいつはそんなことに会社の金を使ってるのか!」
「ねーほんとあの馬鹿犬は……」
「貴様もそんなことのためだけにのこのこ来るな。大体我輩に向かって惚気るとは……」
「大丈夫。僕はセブルスが好きだから」
 人畜無害を体現したような顔で笑うくせにリーマスは、リリーに負けず劣らず性質が悪い。セブルスは三秒待って自分を落ち着かせると、リーマスに云った。
「おい、我輩に異動命令を出したのは貴様か?」
「だって僕人事部長だものー」
 かくん、とセブルスは肩を落としかける。
「今から取り消せ」
「無理。だってもうダンブルドアに云っちゃったしぃー」
「語尾を伸ばすな。またダンブルドアに云えばいいだろう!」
「あ、それ無理」
 リーマスはにこやかに笑って首を振る。ついでに板チョコを割って頬張った。
「あほひほ、はたほっふぁふぁあんふふぁっふぇー」
「おい口のチョコを取れ」
「ふぁふぁ。ふぇうるふふぁ」
「何?」
 やっとチョコを噛み砕いて、リーマスは再び云い直す。
「セブルスがこのチョコ食べてくれるんならいいけど、って云おうとしたんだ」
「随分図太くなったな貴様……」
「君は相変わらず律儀だよね。毎月脱狼薬送ってきてくれるから本当に助かるよ」
 セブルスは自分の特技を今ほど後悔したことはなかった。
「……とにかく、我輩の人事異動を取り消せ。我が儘なブラックのところだって、ポッターの下につくよりは一千万倍マシだ」
「そこまで言われるとジェームズが不憫な気がしないでもないんだけどね」
「嘘を吐け」
 リーマスは微笑を形成する。
「ねえセブルス、僕が何を云おうとしてるかわかる?」
「……」
 セブルスは溜め息を吐いた。眉の間に寄った皺が一層深くなり、眼光が鋭く細められる。
「ギブ・アンド・テイク、だろう」
「わかってくれて嬉しいよ、セブルス。愛の力だね」
「それは馬鹿ポッターの台詞だな。年月の力だろう」
 軽口を叩きながら、セブルスは頭の中で計算を働かせる。もしもこのままポッターの秘書として働かされれば、ルーピンへの借りは増える一方だ。なにしろ、ジェームズ=ポッターと言えばセブルスを困らせたことしかなく、そんなとき(不本意ながら)ルーピンを頼ると不思議な程に問題が解決していくことが多いのだった。
 ここで一気に、連鎖を断ち切ってしまえるメリットは大きい。
「……ハニー=デュークス店のチョコレートを三ヶ月」
「あと、それをセブルスと一緒に食べれる券」
「なんだそれは!」
「しかも三回分でっす★」
「拒否する。では四ヶ月分、だ」
「三ヶ月でいいから、セブルスとお食事券」
 リーマスが駄々をこねるように云ったのに、セブルスは当惑してリーマスを見改める。あれだけ甘いものには目が無い、特にチョコレートと聞けば恋人とのデートさえも放り出すリーマス=ルーピンが、一ヶ月のチョコレートを放棄した?
 有り得ない、とセブルスは結論を下す。そんなこと、有り得ない。
「貴様、一体どういう魂胆だ?」
 ややきつめの語気で云われ、同時に向けられた見下げるような視線に、リーマスは半分の本気で溜め息を吐いた。
「僕はセブルスのことが好きなんだって……自分のことを好きなのと同じくらい、さ」
「それは全く嫌いであると云っているのと同義だ、リーマス=J=ルーピン、貴様が云う限りはな」
 その言葉に心の底から衝撃を受けて、リーマスは一瞬睨むような視線でセブルスを見た。セブルスは、相変わらず見下しさえしているような目でいる。リーマスが目を逸らし、誤魔化すように「実はさ」と云った。
「今度シリウスとハニー=デュークスに遊びに行く予定なんだ」
「おい、それが秘書の耳に入っていなかったとはどういうことだ?」
「所謂逢い引きと云うやつで」
 ニヤと笑ったリーマスにセブルスは毒気を抜かれ、くるりと踵を返してドアに手をかける。
「あれ、もう帰っちゃうの、残念……」
「そんな声を出さなくてもまた来る。貴様が我輩の配置を戻さない限りは」
 セブルスの手がドアを開けて、部屋の外の音が流れ込んでくる。リーマスは去ろうとする黒衣の背中に声を投げかける。
「待ちなよ、ジェームズのとこに行かないつもりなら、どこ行くの」
「さあな」
 即答で返ってきた投げ遣りに聞こえる答えに、リーマスは笑って手を振った。
「また来てね!」
「次は茶菓子でも用意しておけ」
 不遜に聞こえたその声に、今度こそ全力でリーマスは笑った。










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リマさんの「あほひほ、はたほっふぁふぁあんふふぁっふぇー」は
セブだけでなく私も何て言ってるのかわかりません。


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