1.




 コンピュータとにらめっこ。時間と場所、それから人や会社の名前。
 もう終わった。パチン。
 必要ない。パチン。
 デリートキーを押しては、副社長のスケジュールを消して行くセブルス=スネイプ。
 ホグワーツカンパニーの秘書で、勤務歴はまだ浅いけど、有能な男として既に有名。
「おはよう、セブルス」
「……おはようエヴァンス」
「リリーって呼んでね?」
 赤毛の魔女は今日もちょっと遅めの出勤。秘書課の主任で、先月海外事業部長のジェームズ=ポッターと離婚したばかり。それでも仕事振りには変わりなく、スーツのポケットに忍ばせて職場に蛙の卵を持ってくるような変人だけれど、今も引き続きJPの秘書をやっている。
 大きなあくびを隠さずに一つして、リリーは云う。
「じゃ、連絡事項を云うから聞いて。仕事はしたままでいいわ」
 秘書課では、セブルスとリリーの他に五人が働いている。全員それぞれ誰かについていて、朝はほとんど顔を出さない。だからリリーの告げるのは全員の予定ではなく、変更のあったことだけだ。
 副社長付きのセブルスは、今日も変更はないだろう。そう思って、セブルスはさっさと、副社長室へ向かう仕度をする。
「あら、待ってセブルス。あなたに異動命令が出てるわ」
「なに?」
「今日はそれ以外に連絡はないわ」
 その言葉に、残っていた秘書は各自の担当へ散っていく。広い秘書課に残ったのは、セブルスとリリーだけだった。
「どういうことだ? エヴァンス」
「リリー」
「……リリー?」
「うん、だ・か・ら、異動よ。勤務場所が変わるってことよ。あなたが海外事業部長の、私が副社長の秘書になるわ」
「海外事業部!?」
 がーん、と顔を横殴りにされた気分のセブルス。
「……」
「あらセブルス、そんなに嬉しいの?」
「嬉しいわけがないだろう! 我輩を馬鹿にしているのか貴様! ……う」
 ある種の凶悪さを兼ね備えたリリーの笑みに、セブルスが思わず黙る。
「あなた秘書なんだから、言葉に気をつけるのよ? セブルス」
「……ああ」
「ん?」
「…………わかりました、………リリー」
「そうそう。JPは結構厳しいんだから、目を付けられないように気を付けてね」
「そ……そうなのか?」
 副社長シリウス=ブラックが、仕事の合間に「あーJと飲みに行きてぇー」としばしば云っているのしか聞いたことがなかった。
 リリーは笑った。
「嘘。でも、目を付けられないようにっていうのは本当よ?」
「……」
「セブルス、これ、ジェームズのファイル。シリウスのスケジュールと業務内容のファイルくれる?」
「あっ、ああ……」
 セブルスが手渡すと、リリーはにこりと笑う。
「ありがと。じゃあ、早くジェームズのところに行ってやってね」
「ああ」
 誰が行くか、とセブルスは思った。





 リリー、ジェームズ、シリウス、それにリーマス=ルーピンは、この会社に同期で入社した。それぞれ別の部署に配属されたものの、最初から好成績で飛ばしに飛ばし、あっという間に管理職のポストについた。
 セブルスはといえば、卒業後、すぐに『名前を云えないあの』会社に勧誘された。この会社に就職したのは、たった数ヶ月前だ。退社して途方にくれていたところを、社長のダンブルドアに拾われた。
「セーブールース」
「なっ!」
 驚いて飛び跳ね(確実に三センチは床から離れた)、振り返ると赤毛の魔女がドアの影から首だけ出している。セブルスは瞬時に頭を冷やし、
「何だ、エヴァンス。何の用だ」
「えーっべっつにぃー?」
「ティーンエイジャーのような口をきくな。貴様自分がいくつだと……うう」
「セブルス? わきまえなさい?」
 わきまえるも何もセブルスに友人のように接するよう強要したのは何を隠そうリリーだし、セブルスがファミリーネームで呼ぶとすかさず怒るのもリリーなのだが。
 思わずセブルスは頷いてしまう。
「じゃ、絶対行くのよ、セブルス」
《絶対》に特に強いアクセントを込めて、語尾にハートマークを付けて、リリーは首をさっと引っ込めると、今度こそ本当に去っていった。
 リリーの姿が見えなくなってから、セブルスは受け取ったファイルを開く。
 副社長並みにぎっしりと詰め込まれたスケジュール。分刻みで、国名がたくさん書いてある。
 セブルスは涙ぐみそうになるのをまだ早いと堪え、ただただ大きく溜息をついた。










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会社ネタ。
楽しいですよう楽しいですよう。このままどこへ行くのか自分でも不思議!


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