彼とは大学に入ってすぐに知り合った。その頃はまだ私もタキシードをユニフォームとしたばかりの頃だったのだが、それが良い目印となったようだった。まだ新入生勧誘のためのサークル活動やらなにやらで構内がごった返している中、彼は私に声をかけてきた。最初は強引な勧誘かと思って邪険に扱っていたのだが、そうではなく私の銘探偵業に興味があると言う。今時推理小説家などというヤクザな職業に就きたがる人間もいるんだなと興味を覚えたのがきっかけだった。後に彼の悪運が強いことがわかってからは時々利用させてもらっている。なにしろ銘探偵の周りではよく人が死ぬので、死なない人材は貴重なのだ。
学生時代は二人とも大学近くの下宿だったので、頻繁に互いの家を行き来した。彼はよく私の家に押しかけて酔った勢いでミステリ談義を始めると、そのまま朝まで止まらず、翌朝の講義を二人でサボタージュするということも何度かあった。人の家で酔うなと言うと、酔った眼で見る世界はとても美しい、など返答にはなっていないが柄にもなく散文的なことを彼は言った。私は鼻で嗤って彼の足を踏みつけることがほとんどだったが、たまに感傷に付き合って二度寝に付き合ってやることもあった。そういう時彼は決まって意外そうに私を見たが、その内寝ぼけているのか人懐こい笑顔を見せて寝息を立てた。そうすると次に起きるのは昼過ぎだから、私は酔っ払いのために胃に優しいお粥などを作ってやるのだった。
お粥に限らず、全般的に料理の腕前ならば私の方が格段に上だったが、私は彼の家に行くと決まって料理を頼んだ。彼が作るのはいつも簡単な炒飯やパスタばかりだったが、ふと思い出しては食べたくなる味なのだ。彼は私の言う口実に騙されて、私が料理目当てに訪れることなど全く察していなかっただろう。彼の性格からして、気付けば鬼の首をとったような顔をして、ことあるたびに思い出しては恩に着せるに決まっている。
彼が恋人に振られて愚痴を言いに来ることも何度かあった。ほとんどが私を理由にしたもので、彼はその度に私達が一緒にい過ぎではないかと、ある時は自問するように、ある時は八つ当たりするように問いかけた。じゃあもう事件があっても呼ばない方がいいんだろうね、と言うとそれは困ると言う。じゃあ絶交しようかそれで事件のときだけ呼んであげよう、と言うとそんなわけのわからない関係あるかと呆れたように言う。結局私達の関係は変わらないまま、彼には恋人が出来ない。
こうした習慣は大学を卒業し、私が探偵事務所を構え、彼が推理小説家になってからも続いている。もう十年にもなるだろうか。飽きっぽい自分の性格を思い、意外と長いなと私は一人ごちた。
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≫美袋君side。
2011.03.18.(2011.11.04rewrite)
メル→美袋君は、助手以上恋人未満。
本来助手に囮の用法はありません。。