彼との付き合いは大学一年のとき、探偵がいると聞いて好奇心から近付いたのがそもそもの始まりになる。私はその頃から推理小説家を目指していたが、一向に賞がとれず、デビューのきっかけを掴めずにいた。そんな私と違い、彼は探偵としていくつかの事件を解決し、そこそこの注目を浴びていたのだ。それに加えてあの服装。どんな信念があってあれを愛用するのか知らないが、おかげでどんな人混みの中にいてもすぐに見付けることができた。純黒のタキシードに肌理の細かい白い肌、細い眉を侮蔑するようにひそめて、彼は新入生の中で明らかに浮いていた。
彼の性格に難があることはすぐにわかった。本名で呼ぶか、もしくは探偵と言う度に彼は銘探偵のメルカトル鮎だといちいちカンに障る態度で訂正するのだ。しかし幸運なことに二人とも同じ学部だったし、何より古今東西の推理小説の愛読者だったので、話題は尽きなかった。根気よく頼みこんでいると、しばらくして彼は事件現場に私を連れて行ってくれるようになった。
二人で旅行にも行った。彼は探偵業であくどく稼いだお金で、私はあくせくとバイトして溜めたお金で、北は北海道から南は沖縄まで気紛れに旅した。彼はその装い通り洋風のホテルなどに泊まりたがったが、私は和風の旅館が好きだったので何度か意見が衝突することもあった。大抵は私が折れ、たまに彼が妥協した。二人きりで喧嘩すると仲裁役がいないので困ることもあったが、彼は酷く気紛れなので大きな問題にはならなかった。彼のおかげで私も忍耐というものを身に付けたように思う。
友人を紹介してやったこともある。何しろ彼は大学に入って以来私以外の友人がいなかった。それは彼が奇人だから皆が近付かなかったと言うよりも、彼が自分から他人を遠ざけていたというのが主な理由だったと思う。当時のことを振り返るに、私も自分の並々ならぬ好奇心と勇気に敬意を払いたい。しかし彼が私の友人を受け入れ、私の友人もまた彼を受け入れたことを考えると、彼は人嫌いではないのだろう。ビジネスを離れたところではやや甘くなるようだった。私を介して彼の友好関係が広がるのを好ましく感じていたが、それまで彼の友人という地位を独占していた身としては少し寂しく思うのも確かなのだった。
彼は探偵の中でもかなり異質だろう。依頼は自分にメリットがあるものしか受け付けないし、遺体や遺族、関係者への扱いなんて同じ人間とは思えないほど非人道的である。それらの場面を幾度となく見ながら未だに友人として彼に付き合っている自分を省みては絶交しようと決心するのだが、タイミングよく彼から事件現場に行かないかと誘われるので機を逸してしまうのである。そうしてだらだらと縁が続いてもう十年になるのだから、私も数寄者だなと思う。
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≫メルside。
2011.03.18.(2011.11.04.rewrite)
美袋君→メルは、親友以上恋人未満。
甘い回想を目指しました……。