3.知んないよ昼の世界のことなんか、うさぎの寿命の話はやめて!





 大王の一番好きな罪は偽証罪だ。死者が生前吐いた嘘を一つひとつ挙げ連ねて暴き、愉しそうに笑う。一番嫌いな罪は器物損壊罪だ。鬼男の用意した資料にその言葉を見付ける度に、うんざりしたように溜息を漏らし、短く一言行き先を告げるだけ。
 ある時、何故かと尋ねてみた。
「嘘を吐くっていうのは、人間が他人と関わる上で一番人間らしい行いだよね」
 とは、信仰より愛より何より一番人間の罪に造詣の深い閻魔大王の言葉。
「器物損壊なんて、一人でも出来るもんねえ」
 と言って、心底厭そうに眉をハの字に歪める。そしてこの話はもうお終い、というようにひらひらと手を振った。
 閻魔の成長はどうやらもう止まったらしい。そのまま長い年月が過ぎて、今度の閻魔はどうにも捻くれ曲がった性格をしている。もっとも、それは歴代の閻魔と大して変わらない。生まれも育ちも変わらないのだから、当然と言えば当然だ。それにしたって「地獄」と引導を渡す際の薄い唇を歪めた笑顔は、今まで見てきた中で一番凶悪だ。
「ねえもしも鬼男くんさあ」
 文法のわからない言葉遣いも変わらない。
「俺の記憶がなくなったらどうするー?」
 一体どこからそんな発想が出たのか。鬼男の背筋がひやりと冷たくなる。努めてそれを隠し、
「どうもしませんよ、続けてもらうだけです」
「怒る?」
「怒りますね。あんたの嫌いな器物損壊でもしますかね」
「やーだよ。ほんと鬼男くんて嘘吐かないから嫌い」
「僕はあんたが嘘吐きだから嫌いですよ」
 全部知っている癖に。閻魔自身は何を言う訳でもないが、彼が死者だけでなく鬼男の嘘すら見破れるのだと、最近では思っている。
「まあでも赦してあげようかな、鬼男くんはずっと俺の傍にいるんだもんねえ」
 くすくすと可笑しそうに笑う。くすくすくすくす。
「あーあ、素敵な恋がしたいなあ」
 冥府で恋なんて、この閻魔になるまで聞かなかった。鬼男はそんな概念教えていない。信仰も愛も恋も。この冥府には不要なものだ。どうにも死者の中から探し当てたらしい。
「恋は一人じゃ出来ないから素敵だね」
 と閻魔は嘯く。この冥府で一体誰と恋なぞ出来るつもりなのだろう。死者と? 獄卒と? 秘書と? ――― 誰とも恋などするつもりがない。単調な日々に潤いを。恋だなんてお題目を唱えるしか出来ないのなら、それくらいは赦してやろう。
「鬼男くん、俺のこと好き?」
「嫌いですって言ったばかりじゃないですか」
「嘘うそ、嘘だってば怒らないでよ。ねえほら、俺のこと好きだよねー?」
 なおもしつこく食い下がる。
「はいはい好きですよ、愛してますよ、これで良いですか?」
 鬼男はおざなりに返事をする。気持ちを込めずに、淡々と。
「うんもう大満足!」
 にんまりと閻魔は悪そうに笑う。冥府の王、泣く子も黙る閻魔大王。彼にとって鬼男の愛の告白は嘘か真実か? それきり二人の間にこの話題が出ることはなかった。










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≫続く。


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