4.早く速く生きてるうちに愛という言葉を使ってみたい、焦るわ





 何故鬼男にはわかるのだろう。閻魔が逆行する日がそろそろやってくる。それを告げるのが秘書の役目だから、だからわかるというのだろうか。鬼男はいつから閻魔の秘書なのだろう。他の獄卒と混じってはたらいた記憶もない。わからないことばかりだ。冥府の王がもう少し賢ければいいのに。
「おつかれさまです」
 一日の仕事が終わったところで、いつもと同じように労いの言葉をかける。そして告げる。
「あと一月になりました」
「そっか」
 やはり今回は全てわかっていたのだろう、閻魔は今まで見たこともないような優しい顔で微笑む。
「もう少しだけ、よろしくね」
――― はい」



 それからの一月は、緩やかに過ぎた。特に何も変わったことがあるわけでもなく、かと言って不思議と退屈しない時間だった。
 最後の夜に、閻魔は鬼男を自分の部屋に呼び寄せた。前回の逆行以来、久しぶりに入る閻魔の部屋。綺麗に片づけられているのは、きっと今日だからだ。
 閻魔はベッドに入ると、手招きをして鬼男を横の椅子に座らせた。そうしてすっと眼を閉じる。
 もう話すことなど何もない。偽りの永遠の間、二人は多くのことを話した。
「鬼男くん」
 この低い声が聞けるのも今のうちだ。明日からは高い子供の声で、彼は話す。
「今までありがとう」
「いいえ。――― おつかれさまでした」
「うん。……おやすみ」
「おやすみなさい」
「今度はさあ」
 にこりと閻魔が笑う。いたずらっ子のように。
「俺と恋に落ちてね」
――― 仰せのとおりに」
 鬼男は深く頭を下げた。その間に閻魔は目を閉じ、眠りに落ちていた。これから時間を逆行する、その寝顔は穏やかだ。鬼男はその顔にしばし見入り、やがて一人ごちた。
「早く言えよ馬鹿」
 明日には小さな子供が冥府を統べる。生まれも育ちも変わらぬ彼と、きっと鬼男は恋に落ちる。彼が望んだようにそれが素敵な恋になりますよう、鬼男はそっと祈って眼を閉じた。










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2011.01.01
終わり。
各章のタイトルは穂村さんの短歌より頂きました。
鬼男くんが輪廻する話はよく拝見するのですが
無理やり閻魔が輪廻する話を書いてみたのでした。


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