2.お遊戯が覚えられない君のため、またたくだけでいい星の役





 さてどれほどの時間が過ぎたのだろう。鬼男は時間を測らないからわからない。冥府に時計と呼べるものはないが、誰かの意識に合わせて日は昇り、やがて沈む。このサイクルを一として数えれば、これが一日になるのだろう。鬼男は閻魔に時間の概念を教えたけれども、それを数えるのが無駄だと知っていたし、彼には時間を測るよう教えなかった。何故って、教えなくてもいつか彼が疑問に思う事をも知っていたのだ。
 成長したところで閻魔は齢三十程度のみかけにしかならないので、その身体に過ぎる時間は下界の人間のものとは違うのだろう。閻魔は人間ならば齢十ほどの見かけになっていた。
「ねえ鬼男くーん」
「なんでしょう、閻魔大王」
「俺って結構ずっとこれやってるじゃん? 飽きちゃった」
「あ、そうですか」
 鬼男の淡白な反応に、閻魔は口を尖らせて冷たぁい、と零す。
「他に俺がやることってないのかな」
 裁きと、裁きの償い。地獄で味わう肉体の痛みはおそらく人の精神を壊すのに充分の筈だが、閻魔の精神が崩壊する気配はない。もしかして、もうとっくに崩壊しているのかも知れない。人と言えば人未満の閻魔しか知らない鬼男には、正常な人の心なんてわからない。
「ありませんねえ」
 鬼男はわざとらしく溜息を吐いた。
「うそなんじゃないのお?」
 なかなか鋭いことを言う。休む間もなく死人の嘘を見破っているだけあって、嘘という概念は頭にしみついているらしい。
「……まさか」
 軽くいなすと、そうかもね、と閻魔は肩を竦める。
 正直なところ、閻魔大王の全ての嘘を見通す神通力が鬼男に通じるのかどうか、鬼男は知らない。もしかしたらばれているのかも知れない。だとすれば、閻魔大王の時間が永遠であるという言葉は、逆行してすぐに嘘だと知られていることになる。死者の罪を赦せないがために咎を負わねばならない閻魔大王が、一介の鬼の嘘を赦す筈があるだろうか? ――― 鬼男にはそこまで自惚れる理由がない。
「じゃあじゃあさ、これっていつ終わるの?」
「さあ――― ……」
「明日には終わる?」
 終わらない。
「明後日には、終わる?」
 終わらない。
「一年後には、終わる?」
 終わらない。
「……」
 一年後よりも先の未来を思い浮かべられないのか、それとも単に適当な表現が見当たらなかったのか、彼は喉がつかえたように言葉に詰まって僕を見上げた。ふっくらとした頬、腰まで届く黒髪は艶があり細く柔らかい。小さな額の下のまなこは丸く、大きい。全ての嘘を見通す力は今、このまなこにはない。
「終わらないんです、大王」
 鬼男はとっておきの優しい声で小さな彼に告げる。もっと成長していたならば彼はこれだけで腹を抱えて笑い出すところだが、彼であって彼ではないこの幼子は不思議そうに僕を見詰めた。
「きっとあなたの想像できる一番遠い未来まで行っても、終わりなどないんです」
――― そう」
 幼い閻魔大王は唇を結び、顎を引いて短く言った。やっぱり見破られているのだろうか。ならば何故断罪しないのだろう――― 子供だから? 死者は彼を騙し続けるのに、彼は善を信じている。鬼にすら。馬鹿のようだ。
 鬼男はとっておきの笑顔で小さな彼に告げる。
「僕はずっとあなたの傍にいます」
 嘘ではないからか、彼は口をすぼめてうんと頷いた。










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≫続く。


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