――― 思えば、それは雨だった。
 透き通った滴が落ちてきて私の肩を濡らしていた。多分、もうずっと長い間。















 枯れた枝を踏む乾いた音が雨を裂いて私の耳に届く。そこに立っているのが誰か、振り返らなくてもわかる。
 忌々しいジェームズ・ポッター。
「……風邪を引くよ」
 声は遠く校舎に当たり反響し、密やかな雨音が一瞬だけ消えた。私はすぐに神聖な静寂を取り戻す。
「……」
「どうにもなりはしないのに、また口を出して。――― 何度目だい?」
 ポッターの手が伸び、私に触れようとする。私はそれを強く叩き払った。泥のついた手で、目を合わさないままに。
「触るな」
「……君、靴はどうした?」
 私は靴を履いていなかった。何故だかは知らない。ただ、気が付けばなくなっていただけの話で、おそらくさっき、奴に取られたのだろう。
「……」
「……じゃあ、傘を置いていくよ。君の部屋にストーブも焚いておくよ。暖かい飲み物も用意しておくよ。だから早く戻っておいで」
 ポッターは背中を向けたままの私の隣に自分の傘を置く。それが何色だか、私は見ない。彼が校舎に戻る、湿った土を踏む音がする。それが、ふと、止まった。
――― ねえ、教えてくれないか」
「……」
「シリウスのどこがいいんだい? あれは友人にするにはいいのだろうが、恋人にするには全く向かない男だぜ」
「……さあな」
 私は立ち上がる。傘は取らない。暖かい炎も何も要らない。冷えた体を温めるのに、私が使うのは魔法だけで、それで充分だ。
「ルーピンに聞けばよかろう。私は知らない」
 私は意識せずに自嘲気味の笑みを唇に浮かべ、ポッターの横を追い越した。





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