東北の冬は予想以上に厳しかった。
 二日前から、高熱のために芭蕉は床に伏せ、曽良は宿をとって彼の看病をしている。医者の診断ではあと一日もすれば高熱は引くだろうということで、その見立て通り、荒かった息は次第に整い、発汗は目立たなくなってきている。だから彼の容態に一喜一憂することはなくなったが、別の問題が曽良を悩ませていた。
 熱にうかされて繰り返す上言。曽良の名を呼ぶのに返事をしても返って来る言葉はない。濡れた瞳。こんなにうっとり見つめているのに、曽良のことなんかちっとも考えていないのだ。彼は元気なときでも夢の中に生きているような人だったけれど、今はその夢を現実に換えているだけなのだろう。夢の中で曽良はとても優しいらしく、彼は幸福そうに呼んだ。
「そらくん」
「なんですか? 芭蕉さん」
「たのしいね」
「ええ、そうですね」
 どうせ覚えていやしないのだとわかっていても、彼が怖がることのないように、精一杯の優しい声で答えた。曽良は夢の中で彼と会話する者にさえ嫉妬する。それがたとえ自分の姿をしていようとも。
「たのしいのに、わらわないんだね」
「いいえ、僕も笑うことくらいありますよ」
 ほら、また夢と会話する。そうして証明するために彼の笑顔を思い出して微笑みを形成しようとしても、目の前で本人が苦しげに眉を顰めれば無駄な努力に終わる。
「早く目を覚ましなさい、芭蕉さん……」
 夢よりも、今ここにいる僕を見なさい。










-----------------------------------------------------------------
≫続く。


■back■