雪だ、とメルカトルは嬉しそうに言い、雪か、と美袋は呻くように言ったが、正しくはどちらもゆひら、ゆひら、と同じような発音になっていた。
「雪だね、美袋くん」
 歯ブラシを口から離し、メルカトルは改めて言い直す。「雪の密室だね、美袋くん」
「そこは言い直さないで欲しかったな」
 美袋も歯ブラシを離し、控えめに異議を唱えた。
 メルが所有する京都の別荘で一夜を過ごした明くる朝。広々とした洗面所に並んで歯を磨きながら、視線を転じた窓の外には銀世界。反応が正反対なのは、今日の帰りの運転手が美袋だからだ。
「あーあ、どうするんだよ。雪道用のタイヤなんか持ってきてないぞ」
「だったらもう一日泊まればいいだろう」
 しれっとした顔でメルが言う。口を濯ぎ、すっきりした顔をしている。
「でも、そろそろ次の締め切りがあるし……」
 言いかけて、美袋も口をすすぎ、「……まあ、いいか」
「君もなかなかわかってきたね」
 メルカトルが楽しそうに笑う。
「じゃあ、今日の朝食当番は君ってことで」
 ぽんと肩を叩かれて、美袋が再び呻いた。





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2014.01.11.
麻耶クラ土下座オフで書きました。
京都の一軒家に泊まったのですが、本当に雪が降ってきて帰れなくなるかと思いました。

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ/穂村弘