「さんじょう」
熱を孕んだ声でメルが呼ぶ。メルカトル鮎……いや、龍樹頼家と呼ぶべきなのだろうか。隣から身体を寄せてきたメルは、その細いしなやかな指で私の首をくいと曲げると口づけて舌を絡めてくる。反射的に目を閉じ、ふと開けると彼の濡れた瞳に出会った。冷徹な視線で犯罪者を追い詰める銘探偵であるときとは違うこの瞳のせいで、いつものように呼ぶのを躊躇ってしまう。けれど本名で呼ぶなんて、出会った最初の頃以来覚えがないので、結局はいつものように呼んでしまう。メルは私を基本的に名字で呼ぶが、たまに気まぐれに、こういう時には割合頻繁に、三条と私を呼ぶ。
キスをしながら、メルの手が器用に私のシャツのボタンを外していく。
「メル、ここ事務所だけど」
「気にするな」
気にするなと言われても。今押し倒されたこのソファに、依頼人は座るのだと考えると、複雑な気持ちになる。人知れず悪事を働いているような背信の感情。それと同時に、甘美な欲情も。
私を押し倒した手付きは、いつものメルからは考えられないくらいに優しい。シャツは完全に肌蹴られ、メルの指が私の素肌に触れる。キスをしながらも、丹念に私の皮膚をなぞるその感触が私は好きだ。
「……」
溜息をついて、抵抗を諦める。もうずっと前から諦めているのだから、今更もう一つくらい諦めても何も変わらない。それに依頼人とも会う部屋だからこそ機密性が高く、秘書の昭子嬢もインターホンで呼ばない限り来ないのだ。私から舌を絡めると、意外にもメルの手が頭を撫でた。
「珍しく素直だね、三条」
顔を見ればきっとご満悦の表情なのに違いない。普段の埋め合わせのようにこのときのメルは私を甘やかす。出来れば足して二で割るように間をとってほしい。もっとも、甘やかされていると感じるのは、メルの口数がいつもよりも少なくなるからかもしれない。メルの武器はいつも言葉だから。
私はもう一度キスを仕掛ける。最初は軽く、だんだんと濃密に。お互いに息が乱れて、鼓動が聞こえるまでになる。
「メル」
呼ぶ私の声も掠れている。
「……三条」
それが今のメルの使える言葉の全てで、私の知る限り最強の武器だった。
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2011.03.18.(2011.11.04.rewrite)
これはメル美ですね。
シベリア初稿でメルが美袋君のことを
三条って呼んでたって聞いて。