剣虎兵は皆例外なく剣牙虎――― もとい、猫を愛している。彼らと共に戦う日を待ち望み、日夜訓練を重ねるのである。
 しかし猫を愛するあまり、彼らの四肢が邪な刃や弾丸で傷付き、毛皮が血で汚れるのを厭う愚か者が――― ここに一人。
「隕鉄が傷付くなんて考えられません」
 十二時を過ぎた深夜、宿舎における新城の室の襖がするりと開き、誰かと思えば西田が泣きながら入って来て、こんな戯言を云うのだった。
「今更何を云っているんだ、君は」
 新城はこの一本か二本、常人よりネジの外れた後輩の、突拍子のない言動には慣れている。決して慣れたくなどなかったのだが、人間の適応力は素晴らしいもので、三百六十五日四六時中、せんぱいせんぱいせんぱい、と纏わりつかれれば慣れるなと云うほうが難しいというものだった。
「どうすれば隕鉄を戦場に行かせずに済みますか、先輩」
 西田がべそをかきながら(どうせ嘘泣きだろうが。この男は大層嘘が巧いのだ)尋ねた。
 無視しようかとも思い、答えてやろうかとも思ったが、新城の用意出来るただ一つの答えは彼には残酷過ぎる気がして、結局開いた口は別の言葉を放った。
「馬鹿なことを云ってないで、さっさと部屋に戻りなさい」
「先輩はそう思ったことありませんか?」
「ないよ」
断言をする。何故なら猫達は戦いの場においてこそ最も美しいのだ。それをおそらく誰よりも理解している新城が、そんなことを思う筈がなかった。
「……千早が傷付いてもそう云えるんですか」
「云えるさ。――― 西田」
「はい」
「だから僕たちは戦争をするんだろう」
 安全を守るためには戦うしかないのだ。いつだって猫も人も死なれたくはない。そこに敵味方は存在しない。しかし流血のない戦争など絵空事でしかなく、それを少しでも実現するための訓練なのだ。目的を忘れてはならない。履き違えてはならない。
「何が君にとって大事なのかを考えなさい」
「先輩」
「なんだ?」
「好きです」
と云って西田はにこりと笑った。新城の頭はその唐突さについていけず、表情筋すら変化させることが出来ずに聞き返した。
「……は?」
「あなたが一番大事です」
 夜分遅くに失礼しました、と折り目正しく頭を垂れて、西田は自分の室へと戻って行った。耳を澄ませればその足音は規則正しく、また時間を配慮してかゆっくりと進んで行く。つい先刻の動転が嘘のようだ。
打って変わって動揺をしているのは新城だった。西田が時折ふざけたように愛の告白めいた言葉を口にすることはあったが、――― 今のような真摯さは初めてだった。唐突ではあったが、そこには勘違い出来そうにもない真剣さが確かにあった。一分間、新城はそのままの姿勢で固まっていたが、やがてずり、と体の重心が崩れた。
 ――― ならば君が隕鉄を斬るしかあるまい。勿論その時は僕が君を処刑することになるだろうが。
 先程云わなかった言葉を反芻する。言えば西田はまだ泣いただろうか。それとも笑って、はい、そうしますと云っただろうか。新城にはどちらも充分あり得るように思えた。
 正直な所、新城は西田の微笑ほど怖いものはないと思っている。










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2009.08.03.
はじめまして西新。
西田は新城先輩大好きっ子で、
新城は西田を変な奴だと思っている、基本猫さえ良ければオールオッケーな人。
周りの人々は、西田=変態、新城=鬼だと思っています。

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