その笑顔を見る度に、ちくりと胸が痛んだ。
 地位と奇行から、朝廷内で腫れ物のように扱われる太子だったが、その反動か生来の性格なのか、やたらと人懐こい一面があった。
 彼を幼い頃から知る馬子さん。池に住むフィッシュ竹中さん。聖徳太子という役職を離れれば、彼は驚くほど簡単に笑顔を振り撒いた。
 妹子に向けられる笑顔と、それは何が違うのか。
 胸の痛みが一際大きくなったとき、ついに我慢できなくなった。
――― たいし」
 自分がこれから世にも恐ろしいことを口走ろうとしている、という自覚はあった。けれどどうにも止まらなかった、この口は。
「僕を好きだと仰るなら、他の人と楽しげに口をきかないで下さい」



 太子は何を云われたかわからない、というように目を丸くして、「なんで?」と尋ねた。
「あなたが僕以外の人間と喋っていると、僕は厭な気分になるんです」
 そう云ってもまだわからないようだったので、僕は太子にもわかる言葉を選んだ。
「嫉妬していると云っているんです」
「……でも、私が一番好きなのは妹子だよ」
「それが信じられなくなるんです」
「……でも、信じてくれなきゃ困るよ」
 最後の言葉は、ほとんど聞き取れないほど小さかった。どうやら太子は僕の言葉にショックを受けているようで、そしてそのショックはかなり大きいようで、とりあえず僕はその結果に満足した。
「太子は嫉妬なんてしないんでしょうね?」
「……そりゃ、妹子は仕事で色んな人と話すのが当然だから……」
「当り前ですよ」
 太子はじっと爪先を見詰めて黙り込んだ。僕はじっと太子を見詰めながらそれを待つ。
「なんで信じてくれないの?」
 やがて、意を決したように顔を上げて、太子は僕と視線を合わせた。
「私は妹子が好きなんだよ。他の誰でもない」
「それは知っています」
「え……」
 太子の瞳が揺れる。揺れる。
「僕はね。太子」
 意識してゆっくりと言葉を紡ぐ。
「僕への《好き》と他の方達への《好き》が、どう違うのかわからなくなるんです」
 そうして今度こそ、太子はゆっくりと俯いて、風の音と間違えるほどの小さな声で、
「どうしたら良いの」
 それは僕にもわからなかったので、僕達の間には重い沈黙が訪れることになった。










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2010.03.21.
日記(2010.01.31)で書いた、
一人で考え過ぎて落ち込んだり、ちょっとしたことで笑顔になったり、
恋愛ではいろんなことがありますが、
お互いがお互いを好きっていうことがわかっていれば、
なんとかなることばかりだとは思います。
というかそうでないと、太子と妹子は絶対にうまくいきっこない。

についての模索。
これが毒妹子ですか……?

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