とうとう、か―――と思った。
 朝刊を机に置き、椅子に深く凭れた。自分が落ち着いていることに安堵する。しかし同時にそのことに酷く動揺していた。
 動揺? 何にだ。
 ポッターが死んだことにか。
 ブラックが裏切ったことにか。
「……笑えるな、ポッター」
 笑おうとすると蟇のような声になった。彼が死に、自分が生きていることに、セブルスは動揺していた。
「ああ―――賭けは僕の勝ちだな、ポッター」



 卒業前のことだった。
 最後の冬休みを、セブルスはホグワーツに残って過ごした。することは沢山あった。魔法薬学の実験も、読みたい書もまだまだあった。
 明後日から授業が再開するというのに、その日も生徒はほとんど戻っていなかった。四、五人がまばらに座っている大広間で、セブルスは本を読んでいた。
―――ねえ」
 顔を上げると、ジェームズ=ポッターが向かいに立っていた。私服で、横にトランクケースを提げていた。黒いコートには白い雪がついていた。
「前、座ってもいい?」
「空いている席は他にいくらでもあるだろう」
「いいだろ。君と話したいんだ」
「勝手にしろ」
「言われなくても」
 座ったきり、ジェームズはじっと、セブルスが本の頁を繰るのを見ていた。大広間は暖かく、他の生徒の声は遠い。ジェームズの前髪から、溶けた雪の雫がぽたりと落ちた。
「僕達はこのままずっと敵同士かな」
 ジェームズはセブルスの手元を凝視したまま口を開いた。セブルスは一瞬眉をひそめると、素早く云い放った。
「だろうな」
「だよねぇ」
 ジェームズが顔をあげ、にやりと笑う。セブルスは更に一層顔をしかめる。
「僕は狡猾な蛇、お前は勇敢な獅子。僕は地下を這い、お前は地上を駆ける。ずっと、このままだ。永遠に」
「そうだね」
 再び沈黙が降りる。二人とも話すつもりなどなかった。心を通わせるつもりなど、最初からなかった。
 喋るのはただ、苦しいから。
 二人きりで、親友も、教師もいないここで、自分を持て余すことが、息が詰まるほどに苦しい。
 ジェームズが笑った顔のまま続ける。
「ねえ、僕と君、どちらが先に死ぬと思う?」
「……」
 ぱたん。
 セブルスは本を閉じ、立ち上がる。
「くだらない質問だな、ポッター。答える価値もない」
「僕だと思うよ」
 ジェームズは宣言するように云った。重ねた両手は節ばって大きい。跳ねた黒い髪が雪に濡れている。榛色の目は、静かに見詰める。
 将来を?
 水晶玉もないのに。
 思えば二人とも、占い学は嫌いだった。
「君は生き残るよ、きっと」
「狡猾だからか?」
 笑い飛ばした。ジェームズは、口調は明るくしていたが、真剣だった。それがセブルスを威圧して、捉える。
―――馬鹿らしい」
「それなら賭けようか、スネイプ」
 ジェームズも立ち上がり、セブルスと目を合わせた。
「君が先に死んだら、君のために泣いてあげるよ」
「お前が先に死んだら、お前のために笑ってやろう」
 セブルスが云い返すと、ジェームズはにっこりと笑んだ。
 いつも笑っているような男だったのに、何故だかその時、初めて笑顔を見たような気がした。



 セブルスはゆっくりと立ち上がった。自分が動揺しているのはわかっていた。しかし頭のどこかは矢張り冷えていた。日は高く昇り、けれども地下室は凍えたように何も動かない。
 今頃お前のために多くの人間が涙を流しているのだろうな、ポッター。
 新聞を暖炉にくべる。その一面にはポッター夫妻を写真が動いている。
 まるで生きているようだな。それでもお前は死んだのだな。ここにいる私は生きているのだな。
 写真に火が回る。ジェームズ=ポッターが笑顔を見せて手を振るが、あの日の笑顔とはまた違うものだった。紙が縮れ、笑顔が泣いているようにさえ見える。
「賭けは僕の勝ちだ、ポッター」
 だからこれは、ただの約束だ。
 セブルスはにこりと笑った。
「さよなら、ポッター」
 写真が全て火の中に消え、煙が空へと昇っていく。今朝の空がどうか青く、雲一つなく青く、高く、澄んでいるようにとセブルスは祈る。










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2007.03.15.
[たとえば]とはまた違うお話のつもりです。
こっちの方がもう少しだけ仲は良いんです。
ええと、ほんの少しだけ。

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