サークルの溜まり場となっているその部屋に行くと、美袋が一人で机に向かっていた。何やら書きつけられた紙片が散乱する部屋の奥で、彼は身じろぎもせずに、机上の紙片を凝視している。
一歩部屋に入り、後ろ手に扉を閉めた。ぱたんと軽い音がしたが、彼はそれでも動かない。よほど集中しているらしい。彼の後ろの窓に目を向けると、部屋が明るいために外の様子は見えず、ただ手持ち無沙汰な自分が見返してくるばかり。窓に映る彼の横顔は、やはり微かにも動かない。
その二つの横顔を、扉に凭れたままぼんやりと眺めた。
こちらに見えるのはいつになく真剣な右の横顔で、窓ガラスに映る左の横顔は色みを欠いて、少し憂いているようにも見える。意外にも彼は集中すると周りの音が聞こえなくなる方なのだと知ったのはいつだったか。数多の記憶が浮かんでは消え、今ここにいるという結果だけが残って気持ちを重くした。
探偵と小説家という型通りの関係に落とし込んでしまえば誰も、彼さえも気が付かない。それを望んだのは自分だというのに、捨てた可能性を拾いあげては眺める不毛な作業が、いつからか癖になっている。
空気が動く気配がして、内側に沈んでいた意識を現実に引き上げる。見ると彼が顔を上げていた。目の前の虚空を見詰め、もう一度視線を落とす。紙の上を視線が走り、その唇がおもむろに開かれる。
「――君を愛している」
長い時間声を出していなかったのか、彼の声は掠れている。
「いつからだなんて聞かないで欲しい。いつの間にか君を見ていた。本当は告げないままいるつもりだったけれど、この想いを閉まっておけない僕の傲慢さを許して欲しい。――君を愛している。これまで君を愛した誰よりも、これから君を愛する誰よりも、今この僕が君を愛している」
部屋に視線を巡らせた彼は私に目を留め、最後には私の目を真っ直ぐに見て言ってのけた。真顔で。
私は肩を竦める。
「――押し付けがましいな」
「愛の告白なんてそんなもんだろ」
「君に愛を語られるとはね」
皮肉を込めてせせら笑う。美袋はむっとするが、彼にそんな資格などあるものか。
「それで」
私は彼に近付き、その原稿を取り上げた。
「今度は恋愛小説にするつもりなのかい」
「ああ。ずっと推理小説だと飽きられるだろ」
そう言って、美袋は疲れたと伸びをする。その様子に腹がたって、私は彼の頭にばさりと原稿を振り下ろす。
「やめとけよ。君に恋愛小説の才能はないから」
彼はよく煮詰まると、文のリズムを確かめるために声に出して読むということをする。先程のもそうだ。誰に向けた台詞でもない。私は自分に言い聞かせる。
「やっぱり微妙だったかな」
未練があるらしい様子で原稿を眺めている彼に、最後の駄目押しをしてやることにする。
「最悪だね。あんな言葉で愛が伝わると思っているのかい。作家人生を終わらせたくなければ、二度と恋愛小説などに手を出さないことだね」
そうか、と彼はようやく決心がついたようで、原稿を丸めてゴミ箱に入れた。
ついもったいない、と思ったが、一読して覚えたのでいいか、と口には出さない。
これで、彼の告白は私だけのものになる。
乾いた声で笑う私を、美袋はきょとんとして見詰めた。
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2012.02.29.
ついったーにてリクエストを頂きました「メル→美袋」です。
美袋くんがデビューする前の、大学時代の二人です。
メルは美袋くんの鈍感さに甘えてればいいなあと。