バイトだからと後輩に別れを告げて部室を出る先輩を、僕は追いかけた。
「先輩、年末の予定は」
「バイト」
「……クリスマスは」
「バイト」
「…………お正月は」
「バイト」
猫丸先輩は悪びれた様子もなく、僕の顔を見つめ返す。黒目勝ちな、まんまるい子供のような瞳。溜息と一緒に、これだけ返すのがやっとだった。
「頑張ってください」
「うん」
周りに人がいないことを横目で確認して、猫丸先輩は背伸びして僕の頭を――叩けなかったので、肩を叩いた。すくすく育ってしまってすいません。
去っていく猫丸先輩は、明るい笑顔を見せた。
「またな」
大学の二週間の冬休み。猫丸の過ごし方は決まっている。と、本人が言っていた。
クリスマスはサンタクロースの衣装でケーキを売り、それが終われば年賀状の街頭販売と年越し蕎麦販売のかけ持ち、年が明けてお正月にはおせち料理を売りまくるらしい。
確かに、学費を自分で稼いでいて、しかも趣味には出費を惜しまないあの人にとってバイトは何より大事だ。それはわかる。
「でもクリスマスくらい一緒に過ごしてくれたっていいじゃないか……」
ごろん、と僕は寝返りを打つ。
十二月二十五日。世は明るく楽しいクリスマスだ。日本だけじゃない、全世界的に、恋人や家族が共に過ごす日。夜十時を過ぎて、その団欒はますます深まっていることだろう。なのに僕はといえば猫丸先輩と付き合って以来初のクリスマスだというのに彼と一緒にいない……。
やりきれない気持ちで寝返りを繰り返す。
猫丸先輩は縛られるのが嫌いだ。持ち前の軽いフットワークで、自分の好きなことを好きなだけする。けれどあれでなかなか面倒見が良いところがあって、僕はそこも含めて彼が好きだった。しかしその付き合いの良さは僕との付き合いには発揮されなかったらしい。
もういいや。寝よう。
寝返りを打つのを止めて、僕は布団を引き寄せた。午後十時なんて、いつもだったら活動時間の範疇だ。でももう今日は何もする気が起きない。
布団の中から手を伸ばし、電気のスイッチを切ったその時、玄関のドアが騒がしく叩かれた。
「おい八木沢! いるんだろーがおい! 早く開けなさいよ! クリスマスが終わっちまうだろうが!」
「猫丸先輩!?」
飛び起きた。一秒の時間も惜しく、僕は転がるようにして玄関に駆け寄る。途中でゴミ箱にぶつかって本当に転びそうになるが、そんな暇はない。
一人前にドアチェーンなんてつけておくんじゃなかった。それを外すのにやけに時間がかかる気がする。焦って手元が狂う。
「猫丸先輩! 今開けますから!」
「早くしろ! 寒いんだ」
ドアを開けた。一も二もなく抱きしめた。ふわふわした髪が今日は冷たい。きっとずっと外で働いていたんだろう。
「猫丸先輩、おつかれさまです」
「うん」
小さな、子供のような手が僕の背中に回される。猫丸先輩が僕の胸にぎゅっと顔を埋める。その押し付けられる感触を、ずっと待っていた。
「遅くなってごめん」
「いえ」
「不貞寝してただろ」
「……はい」
僕は恥ずかしくなって少し笑う。猫丸先輩も笑って、体を離した。寒さのためだろう、鼻と頬が赤い。寒さも疲れも厭わず、ここまで来てくれた。その事実に僕は改めて感謝した。
「部屋入っていいか? バイトの余りのケーキ持ってきた」
「僕はプレゼントがあります」
「嘘」
「本当です」
本当に驚いたように目を丸くする猫丸先輩を家に招き入れ、机の上に置いておいたプレゼントの包みを開ける。
軽くて暖かい、群青色のマフラー。
まだ驚いたままの彼の首にふわりと巻いて、僕は言った。
「メリークリスマス」
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2012.01.01.
これもついったーで、
猫丸先輩はバイト後に鼻を赤くしながら八木沢の家まで来てくれて、
八木沢のケーキは猫丸先輩がバイト先からもらってくるので選択権なし
という話をしていて書きたくなったのでした。
ちゃんとプレゼントを用意していた八木沢さんは
後日猫丸先輩から改めてクリスマスプレゼントを貰えます。