音を立てないように細心の注意を払い、扉を閉める。一歩、二歩。よし、今日は気づかれていない……
「兄さん!」
 ……溜息を吐いて、振り返る。「実朝」自分と同じ顔が、今の自分とは正反対の笑顔を浮かべてそこにいた。
「どこ行くの? 一緒に連れて行ってよ」
「大学に行くんだ」
「嘘だね」実朝は鋭く私の言葉を否定した。「美袋さんのところに行くんでしょう」
 美袋がいるのは大学内のサークルの溜まり場だったから、正確には嘘というわけでもないのだが、そんな叙述が通じる相手でもない。なにしろこの龍樹頼家の双子の弟なのだから。
「なんであんな人と付き合ってるのさ。兄さんの知性が下がるよ」
「美袋くんと一緒にいるだけで?」
「美袋さんと一緒にいるだけで」
 はあ、と私はわざとらしく聞こえるように心がけて溜息を吐いた。
「あんな奴と一緒にいるだけで、この私の高貴な知性が下がるわけがないだろう」
「本当? じゃあそれを証明してくれる?」
 実朝が邪悪に笑う。知らない人が見ればただ人好きのする笑顔と形容するに違いないその笑みを、邪悪と断じることができるのは私が彼の兄だからだ。それも双子の。私もまったく同じ顔をよくするから、わかるのだ。
 彼がこれからする提案も。
「隣町で殺人事件だよ。容疑者全員にアリバイがあり、現場は密室。どうだい?」
「そそるね」
「ところで五時までに行かないと、美袋さんは帰っちゃうんでしょ」
 まったくこいつの情報網はどうなっているのやら。我が弟ながら恐ろしい。自分の部屋やサークルの溜まり場、美袋の家の盗聴器や隠しカメラを回収しに行かないと。どこに仕掛けてあるかなんて、探すまでもなく私にはわかってしまう。
 嫌になるかといえば、まあそういうわけでもない。
「そうだよ」私は肩をすくめて答えた。「じゃあ今日は、五分で肩をつけようか」
「そうこなくちゃ」
 実朝は手を叩いて喜び、あちらでございますお兄さま、と掌を玄関に向けた。





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2014.01.11.
麻耶クラ土下座オフで書きました。
翼闇どころか鴉も回避のif。愉快な龍樹一家です。