原稿の締め切りが近いとかなんだとか、嫌なことから逃げるための方便としての病気(要するに仮病)のときは必要以上に言い触らすくせに、本当に病気や怪我をしたとき勘太郎は絶対に言わない。
 そしてばれるとごめんねと一言で済ます。普段はにやけてしまりない顔付きをしている癖に、そんなときの勘太郎は変に凛々しい。
 自分は必要以上に干渉してくる癖に、そんな自分への干渉は言外に拒むのだ。なんてやつ。
 春華はだから今回こそは言ってやった。
「おい勘太郎。具合悪いなら寝ろよ」
 すると勘太郎はきょとんとした顔をして、あはは心配してくれてるの春華、すごく嬉しいんだけど僕、具合悪くないよ、と笑った。
 春華と勘太郎は居間の卓袱台を挟んで真正面に向かい合うように座っていた。ヨーコは今日もバイトに行っていて、二人きりでいる家を昼過ぎからの雨が完璧に外部から断絶していた。ざあざあと降る雨を縁側でなんとなしに眺めていた春華を探してか、勘太郎がやってきたのが小一時間前。濡れちゃうよ春華、とぽつんと言ったきり隣に座ろうとしないので、居間に移動したのだった。
「さっきからずっとぼーっとしてるだろ。頬が赤いし目が潤んでる。熱あるんじゃないか、おまえ」
 熱を測ろうと額に手を伸ばす。勘太郎は自分の額へ伸びる春華のその手すらほうけたようにじっと見つめていたが、あと数センチで届こうかというところでふいに、腹が立つほど静かな声で言った。
「君に見惚れていたんだよ。」
 春華の動きが止まる。手を下ろして勘太郎を見詰めると、あろうことか主人はにっこりと笑った。
「勘太郎……」
「さあ僕原稿やろうっと。邪魔しないでね、"春華"」
 反則だろ。
 名前を呼ばれて何もできなくなった春華は卓袱台に突っ伏した。ヨーコはまだまだ帰って来ない。ざあざあと雨は降り続く。










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2009.04.22.
tacticsの春勘!
私、多分勘太郎みたいな人すごく好きです。
すごく好きです。
(大事なことなので二回云いました。)

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