どうしてこんなことに。
 僕は頭を抱えたくなる衝動を抑え、目の前の仕事に集中した。今日は月に一度の猫丸先輩とのデートの日だったのに、どうして残業なんか。残業の原因になったミスをした後輩には、できることがないからもう帰ってもらった。今オフィスには、僕と、猫丸先輩がいる。
「すいません先輩、もうちょっとで終わりますから」
「いいって、気にするなよ。おまえさんのミスじゃないんだし、僕は待つのが苦じゃないしさ」
 猫丸先輩がそう言って笑ってくれるのが救いだ。誰もいないからと、椅子ではなく僕の隣の机に座って、足をぶらつかせている。節電のために僕のデスク以外の電気を消しているので、「夜の学校に忍びこんでるみたい」な気分でご満悦らしい。この人はこういうところが子供っぽい。
「それに、みゆきちゃんがポッキーくれたしな」
「あー、ポッキーの日でしたっけ」
 パソコンのモニタから目を離さずに答える。
「そうそう。最近のポッキーは塩ミルクチョコ味とかあってな、なかなかいけるぞ。おまえさんも一口どうだ?」
「あ、どうも」
 猫丸先輩が差し出すポッキーを口で受け止める。先輩と目が合った。
「……なんか、前にもありましたね、こんなこと」
「あったっけ?」
 猫丸先輩はとぼけたように言う。この人の記憶力は抜群だから、間違いなく覚えている筈だ。
 ありましたよ、と答えて、僕は再び画面に向き直る。両手が使えないから、行儀悪く歯と唇を使って、落とさないようにポッキーを食べていく。ぽきん、ぽきん。社会人になってからこういうお菓子はあまり食べないのだが、やはり美味しい。
「八木沢、ちょっとこっち向け」
「はい?」
 突然言われて、ポッキーをくわえたまま猫丸先輩の方に顔を向ける。横に立った猫丸先輩が、ひょい、と腰をかがめて、僕のくわえたポッキーを根元から折った。短かったものだから、唇が軽く触れる。
「ごちそーさん」
 耳まで赤くなった僕を見て、猫丸先輩が悪戯っ子の目で笑う。この人は本当に、こういうところが、すごくかわいい。
「先輩」
 手を伸ばして、彼の肩を捕まえる。先輩は逆らわない。引き寄せて、キスをする。今度は触れるだけではないキスを。
「先輩、かわいいです」
「いきなり何言ってんだよおまえさんは」
 口ではぶっきらぼうにこう言いながら、猫丸先輩が少し照れたように笑う。僕がかわいいと言うとこの人は怒ったふりをするが、少しは喜んでくれるのだと、今ではわかる。何度も喧嘩したけれど、それも含めてこの人と過ごした全ての時間が無駄ではなかった。急に愛しさが込み上げる。抱き締めてもう一度かわいい、と言うと、弱く頬を抓られた。





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2011.11.16
初八木猫でポッキーの日。
もっとピュアピュアしてるべきだと思いますよ。ええ。
大人の余裕の猫丸先輩と一個一個勉強していく八木沢さん。