わたし、小佐内ゆきには、好きなものが二つあるの。
 一つは甘いもの。
 もう一つは復讐。
 どちらもとっても美味しくて、わたしはすっかりその虜。



「ねえ、小鳩くん」
 試験前の今日は、学校はお昼まで。帰りのホームルームが終わり、教室から人がいなくなるのを待って、小鳩くんに声をかける。
 わたしと彼は小市民同盟を組んでいる。
 わたしが復讐をやめられないのと同じように、彼は名探偵がやめられない。
 何度も何度も失敗して、そしてわたしたちは気付いたの。
 一人じゃ駄目だって。
 膨れ上がったわたしたちの自意識は、一人じゃ抑え切れないんだ、って。
 だからわたしたちは同盟を組むことにした。
 出来るだけ目立たないように。
 悪癖を曝け出すことのないように。
 ――― 小市民たれ。
 そういう同盟。
「〈ハンプティ・ダンプティ〉に行かない?」
 私は知っている。きっと小鳩くんは断らない。
「うん、いいね」
 彼はやっぱり頷いて、机の横にかけていた鞄を手に取った。
 廊下は閑散として、いつもなら窓の外から聞こえる野球部の練習の声も、今日は聞こえない。なんだか非日常に迷い込んでしまったような違和感。
 隣を歩く小鳩くんは、いつもと変わらない。それに少しだけ安心する。
「今日はモンブランの気分なの」
「うん」
「それから、スタンダードシフォンと、ミルフィーユと、パンプキンプディングと、チーズケーキと、タルトと、……」
「お店に着いてからでいいんじゃない?」
 わたしより頭一つ分背の高い彼は、指折り数えるわたしを見下ろして苦笑する。
「小鳩くんは、何が食べたい気分?」
「うーん。……ティラミスかな」
 具体的な答えが返ってきたことに、ちょっと満足。
 でも、もう少し聞かせてほしいな。
「あのね」
 わたしは小鳩くんを見上げた。彼がわたしと目を合わせる。
 わたしはうっすらと笑みを浮かべた。
 まだわかっていないのね、狐さん。
 狼と目を合わせちゃ、いけないのよ。
「もし、今ね、ここで事件が起こったら、小鳩くんはどうする?」
 小市民らしくわたしと〈ハンプティ・ダンプティ〉に行く?
 同盟を破棄して事件を解決しちゃう?
 彼は笑って、力強く答えた。
「勿論、〈ハンプティ・ダンプティ〉に行くよ」
 わたしもにっこりと笑う。
「そうだよね」
 彼が腕時計に視線を落とす。〈ハンプティ・ダンプティ〉のケーキバイキングは二時から五時まで。二時に間に合おうと思ったら、そんなに時間がない。
「さあ、早く行こう」
 わたしの歩幅に合わせてゆっくりと歩いていた小鳩くんが、スピードを上げる。彼の背中を追いかけながら、わたしはふふっと笑ってしまった。
 男の子って、なんでこんなに嘘が下手なのかしら。
 でも、嘘を吐かれるなんて、ちょっとだけ傷ついたの。
 ――― わたしも彼も、まだまだ小市民にはなれそうにない。



 わたしの好きなものは、まだ、二つだけ。





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2012.01.29.
twitterで募集したリクエストで、
小市民シリーズの小佐内さんと小鳩くんです。
キャラ崩壊ごめんなさい。タイトルはマザーグースから。