毎日途切れることなくやってきては列をなして裁きを待つ死者も。
 最初の死者を神様に仕立て上げてかつての同胞を裁かせる冥府も。
 全ては閻魔の精神を揺さぶるために設置されたただの仕掛け。



 あなたは天国。
 あなたは地獄。
 感謝されることもあれば恨まれることもあった。
 けれどそれがなんだと言うのだろう。
 さようならさようなら、次の人生ではどうか幸せに。



 一度死んだ身に血は流れない。
 体温のない冷たい体は、生きていないから死ぬこともない。
 輪廻の輪は閻魔を拒む。
 けれどそれだって何一つ彼の精神を揺るがさない。
 どうせ誰かが負わねばならない運命なのだ。



 閻魔は罪を償い続けている。
 死者を取り調べ、地獄に落とす罪。
 日に三度地獄に降りては死者から責め苦を受ける。
 けれどやめたいと思うことはない。
 もう慣れてしまったのだろう。





 そこへ銀髪の鬼の子供がやって来た。
「だいおう」
 舌足らずなまだ高い声だった。
「大王は転生なさらないんですか?」
 何も知らない無垢な瞳。閻魔は目線を合わせて言い含める。
「私はね、出来ないんだ」
「じゃあ」
 頭に二本の小さな角を生やしたその子供は、嬉しそうににこにこと笑った。閻魔はその笑顔の理由がわからずに首を傾げる。子供は元気よく続けた。
「僕が大きくなったときにまた会いに来られますね」
 それが未来のことを言っているのだと、気付くのに時間がかかった。
 未来のことを口にするものなど、冥界には滅多にいない。
 死者も十王も獄卒も。
 誰も未来のことを語らない。
 奈落の底で重要なのは過去だけなのだ。
「……そうだね」
 間を置いて、閻魔は子供に同意する。
「楽しみにしてるよ」
 子供の不意を打った発言のせいか、閻魔に珍しく意地悪心が芽生えた。
「でも、君もいつか転生しちゃうね」
 冥府で働く鬼は、いつか輪廻に取り込まれ人間に転生する。
 輪廻から追い出されるのは神様だけなのだ。
 子供はあどけない、そして賢しげな眼を閻魔へ向けた。
「死んだらまた会いに来られます」
 閻魔は驚きに目を丸くし、そしてゆっくりと笑みを浮かべた。








 しばらくして、閻魔の元に新しい秘書がやって来た。
「こんにちは。秘書の鬼男です」
 銀髪に二つの角。声は大人びて低くなり、相変わらず賢そうな眼は、少し吊り目がちになっただろうか。
 ずっと待っていたんだよ、君を。
 何かを待つだなんて、時間の流れを気にするだなんて久しぶりだから、なかなか楽しかったな。
「よろしくお願いします、閻魔大王」
「よろしく。鬼男くん」
 閻魔は目を細めた。
「また会えて嬉しいよ」










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2010.03.28.
閻鬼の出会い編。
鬼男くんの公式カラー発表はまだですか……。

閻魔は全部に慣れて麻痺して心動かさなかった人だったのが
鬼男くんに会ってからちょっとずつ変化していくと良いです。


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