1の後半続き.
「と・こ・ろ・で」
店から出たところで、要がにっこり笑いながら琴宮を振り返った。
あ、怒ってる。
琴宮は直感する。
要は笑みを崩さないまま言う。
「白瀬くんから聞いたんだけど、君、女の子を床に正座させたって?」
なんだ、そのことか。
「今、なんだ、そのことか、って思ったでしょう?」
やはりにっこりと笑ったまま、要は琴宮の頬をひねる。
「女の子を粗末に扱うのはやめてって言ったでしょう? それとも忘れちゃった? 何度も言ってるよね?」
「粗末になんてしてない」
「してるの!」
ぎゅっとさらに強くひねってから、要はぷいとその手を離す。もうその顔は笑っていない。うんざりしたように顔をしかめている。
「あと、何だっけ? 『君の本来の価値を教えてあげるよ』? よくそんなこと言えるよね。ああ恥ずかしい」
「言ってあげようか?」
「馬鹿じゃないんですか?」
丁寧語になった。これはいよいよ怒っている。
「君が女の子大好きなのは知ってるから、それについてはもういいよ。でもひどいことするのはやめて。僕が嫌だから」
「口説いただけだ」
「じゃあもっと優しく口説いたら?」
要の言葉に、琴宮はその細い腰を抱き寄せた。
「『愛してるよ』」
そっと唇を寄せる。
「……こんな風に?」
「……合ってるけど」
しぶしぶ肯定しながらも、眉をひそめて嫌そうにしている。
「安心しなさい。君以外にはキス以上はしない」
「ふうん? 別にしてもいいよ? 君が本当にそうしたいのなら、僕は全然気にしないし」
「へえ」
「嘘です」
「それは良かった」
琴宮は要の頭をぽんと叩いた。その手の下で、むずかるように要が身じろぎする。
「というか話逸らさないでよ。また女の子を口説いたら、今度こそ絶交」
「わかった。もうしない」
前にもそんな台詞聞いたなあ、とぼやきながら、要は琴宮の隣に並んだ。
「この公演はもう終わりだったな。今度はどこに行くんだね?」
「しばらくはドイツにいるよ。契約期間はまだまだあるし」
「そうか。ではこの街で一緒に暮らそう」
そう言った琴宮の顔を、要は驚いて丸くした目でじっと見詰めた。
「この街で? ずっと訊こうと思っていたのだけれど、君の活動拠点は一体どこなの?」
「君がいるところなら世界中どこでも。私は語学が堪能だからね」
と嘯くと、要が「とりあえずロシア語はできなかったよね」と突っ込んだ。この恋人の、可愛いだけではないところが可愛い、と琴宮は思う。
「今、君が住んでいる部屋はどうだい?」
「うーん、二人で住むにはちょっと狭いかな。部屋を探しに行くのは明日でいい?」
「君さえ良ければ私は構わないよ」
「今日はどうしようか? 僕の家に泊まる? それともホテルに帰る?」
「君が私のホテルに来ればいいのに」
誘うと、どうしようかな、と要が歌うように言う。その心地よい声を聞きながら、果たして防音仕様でダブルベッドのある部屋はあるだろうか、と琴宮は考えていた。
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2012.05.01.
後日談でした。
時系列は「クローズドキャンドル」の後。
白瀬からいろいろ聞き出した要さんです。
琴要は同棲したりしなかったり、半独身貴族な生活を送っていそうです。