メルを殺そうと思った。
どうやって殺そうか。
刺殺。
気配を消して背後からそっと近づく。メルが振り返る直前に、その背中にずぶりと包丁を突き刺し、抜く。赤い鮮血が滲み始める。メルが振り返るので、顔を見ないように俯いて、今度は正面から脇腹に刺す。包丁の刃を伝って血が落ち、血痕を残す。メルの体がゆっくりと後ろに倒れ、いつか動かなくなる。それを確認して、私は漸く肩の力を抜き、ふと手を見ると――― 赤い血でべったりと汚れている。
夢に見そうで、気持ちが悪い。
撲殺。
一度。後ろから殴って気絶させる。二度、三度。抵抗しない彼の体に鈍器を下ろす。メルの手が何度か空を掴むように動いたが、いつしかそれも途絶えた。艶のある黒髪が血に染まり、形の良い頭蓋骨が砕けて脳漿が飛び出る。――― 手に持った鈍器を、もう振り上げる力はない。
次。
そう言えば一度やりたかったものがある。
ポーの『黒猫』のように、漆喰の壁に塗り込める。死後硬直を利用するため、あらかじめ毒でも使って殺しておく。高さのある穴を開け、直立の姿勢で硬直したメルの体をそっとたてかける。床においた燭台の、揺れる蝋燭の灯りだけが作業の様子を見守る。メルの長い睫毛が血の気を失った頬に陰を落として、唇には今にも動き出しそうな陰影が宿る。私はメルの頬に手を伸ばし、――― 冷たさに、ぞっとする。
これはいけない。
埋めると言えばこれもどうだろう。
長身のメルの体がすっぽりと収まるほどの深い穴を、棺に相応しいように丁寧に掘る。夜になり、暗闇に紛れて眠るメルの体を運び、静かに横たえる。シャベルで少しずつ、土をかけていく。足のほうから順に、頭は最後。端整な白い顔が闇の中に浮いているように残る。やがてその顔にも土をかけるとき、――― 私は泣いている。
他にないだろうか。
凍死。
雪に埋めるのもいいが、睡眠薬を盛って、業務用の大きな冷凍庫に入れようか。時間がかかるかもしれないから、側について、万一意識を戻したらスタンガンで眠らせる。体は少しずつ熱を失い、タキシードが冷たく凍る。メルの髪に白く霜が降りる。仄青く光る冷凍庫の中に、氷の彫像のように閉じ込められる銘探偵。――― その秘密に、私はきっと耐えられない。
やめよう。
毒殺。
ワインよりもコーヒーの方が、味が誤魔化せるだろう。メルの気に入りの、やや酸味の強いコーヒーを淹れてやる。彼に見えないところでその粉末を加えてかき混ぜる。どちらだか区別がつかないほど混ざったら持っていき、彼に渡す。メルがカップに口を付け、満足げに鼻孔を震わせる。しかししばらくするとがたんと立ち上がり、喉を掻き毟り、やがて倒れ、絶命する。死に顔は苦しみに満ちている。――― 探偵の最後に相応しくない。
なかなか難しい。
溺死させてみようか。
眠るメルの手足を縄で縛り、浴室に運ぶ。その後頭部を掴み、水を張った浴槽に浸ける。メルはすぐに目を覚ますだろう。暴れ、もがき、苦しむ。私は力任せにメルの頭を水に押し付ける。一瞬の隙をついてメルの顔が水面から離れ、飲み込んだ水を吐き出しながら声を絞り出す。「みなぎ」――― これだけで私の手は止まってしまう。
駄目だ。
絞殺。
横たわるメルの体に馬乗りになり、男性にしては細い首に、ゆっくりと両手を回す。親指を喉仏に当て、中指で頸動脈を押さえるように手の位置を調節し、力をこめる。私の下でメルの体がびくんと跳ね、その瞳が人形のようにぱちりと開く。目が合ってしまったらもう――― 殺せない。
私は苛々として席を立った。その瞬間、ある画が浮かんですぐに戻る。そのイメージが自分の中に定着するのを待って、私はキーボードに手を重ねた。
艶やかな漆黒のグランドピアノ。白黒の鍵盤の上に載せられた、黒いシルクハットをかぶる銘探偵の白い生首。そしてモノクロームの画面の中にあって唯一動的な、滴る真っ赤な血液。
これはなかなか美しい。
私は満足して、コーヒーを淹れることにした。
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2011.11.20.
助手の助手による助手のための銘探偵の殺し方講座。
美袋くんならこれくらいは考えてそうです。
これを書くために翼闇のラストを読み返したら
メルの最期が思っていた以上に酷くて可哀想だったので
ちょっと綺麗にしてみました。
夢見たっていいじゃない…!