その頃メルカトルの家に泊まることは美袋にとってよくあることで、なぜなら貧乏を極めていた美袋の家に暖房装置がないからだった。美袋の家とは対極の快適さを持つメルカトルの家で夕飯を食べ、眠り、起きて、大学に行く。時間割のほとんどはメルと共通していたので、大抵はメルと一緒に。大げさに言えば、四六時中メルと共に過ごしていた。
「君、私の家に住むつもりかい」
メルカトルがそう言うに至ったのは、美袋が自分の洋服を彼の家に運び込んだときだった。
「そういうつもりじゃないけど。まあ、冬の間だけでも」
「この短いセンテンスの間に、よくもそうまで矛盾を詰め込めるものだね」
メルカトルはいやみったらしく言ったが、それ以上特に反対はしなかった。この冬の寒さはまったく手に負えないほどで、逆立ちしても美袋に暖房器具が買えないことも、放り出したら凍死することもメルにはよくわかっていたのだった。どうせおもちゃの一つがなくなるのが惜しいとでも思ったに違いないけれど。
美袋が運び込んだ服をつまらなそうに一つ二つ取り上げてから、「君はパジャマを着ないよな」
「別に服のままでもいいし」
「寝るとき、君の服が擦れて痛いんだよ」
メルカトルはタキシードなんてふざけたものを普段着にするような図太い神経に似合わず繊細なことを言い出すが、そんなこと美袋の知ったことではない。ないのだが、メルが自分のクローゼットの奥から取り出してきた服は素直に受け取った。
もこもことした触感の、それは暖かそうなパジャマだった。
「これをやるから、今日からこれを着て眠るように」
「まあ、いいけど」
防寒性が高く、加えて肌触りも良好とくれば断る理由は特にない。メルカトルの部屋の一角に自分のスペースを確保しながら、
「ところで、メル」
「なんだい」
「同じベッドで眠るのって、やっぱりおかしいのかな」
今日大学で、そんなことを言われたのだ。
「……さあ、別に」メルカトルは首をひねった。「いいんじゃないのか。どっちにしろ、ベッドは一つしかないんだし」
それとも君、ソファで眠るかい。
硬い質感のレザーのソファを目で示されて、嫌だよ、と端的に美袋は答えた。
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2014.01.11.
麻耶クラ土下座オフで書きました。