※注意※
八木沢さんの同期の由美さんと、
オリキャラ(…)で猫丸先輩、八木沢さん、由美さんの後輩の1年生女子が登場します。
申し訳ありませんが、苦手な方はお戻りください。
できだん、という言葉があるらしい。多分デキ男と書くのだろう。
午前の授業が終わり、空腹を訴える満腹中枢をなだめるために食堂に行くと、
「ほんと、八木沢さんってできだんだよねー!」
そんな言葉が聞こえてきたから思わず声の主を探すと、新入生の女子三人がお昼を食べながら話している。
「あ、由美せんぱーい。おはようございます」
「おはよ。何の話してたの?」
「八木沢さんがデキ男だって話です」
聞けば、デキ男とは一般的に、顔が良くて頭が良くて運動が出来て優しくて気が利く男性のことを指すらしい。それを聞いて、私は思わず吹き出してしまった。
「えー、八木くんは絶対違うよぉ」
「だって八木沢さんっていつも真面目に授業出てて成績を悪くないし、合宿のときに見たけど結構走るのも早いし、優しいし、かっこいいじゃないですか!」
熱く語る一年生。まあ、そう言われればそうかも知れない。あまりに平凡なオーラを醸し出しているから気付かないだけで、単純なスペックで言えば良いセンいってるのかも。かっこいいかどうかは、主観だからともかくとして。
「でも八木くんって優柔不断というか小心者というか、頼りになるかならないかって言われたらちょっと頼りにならないなって感じだよね」
そう言うと、
「由美先輩、八木沢さんのこと嫌いなんですか?」
と後輩が笑ってまぜっかえす。すると先程熱弁を奮った彼女も笑顔で、
「ううん、寧ろ好きだったりして?」
まさかぁと他の二人はうけているが、私はどきりとした。彼女はちゃんと笑っていて、表情も声も柔らかいのに、一瞬だけ、私にだけわかるようにその目が険を含んだ。とんでもない。慌てて言い返す。
「まさかぁ。あんなひょろひょろして頼りない人、私の好みじゃないから」
「もう、由美先輩たらひどいなぁ」
ふわふわと巻いた髪に淡いピンクのアイシャドウ。口元に浮かぶ苦笑すら愛らしい。恋する乙女は大変だ。あんまり悪く言うのもかわいそうなので、フォローに回ってあげることにする。
「でも確かに、八木くんは優しいよね。重いもの持ってたり、高いところの物を取るときには必ず手を貸しててくれるし」
そう、いつも、子供みたいに小さいあの人に――。
心の中で付け加えたとき、食堂の喧騒を突き破り、よく響く大声が畳み掛けるように言った。
「由美まで八木沢擁護派に回るなんて珍しいな、どうしたんだよ、なんか変なものでも食ったのか? あの馬鹿は図体ばっかり一人前にでかいんだから、そうでない奴を助けるのは当たり前でしょうが」
「猫丸先輩!」
振り返ると、ふさふさの前髪にその奥のくりっと愛嬌のある瞳、もう夏も近いというのにだぼっとした黒のコートを着た、子供みたいに小さな姿。
私の、そして八木くんの先輩、猫丸先輩だ。
「まったくおまえさんたち楽しそうに何を話してるかと思えば、あんな唐変木の話だなんてやめなさいよ、辛気臭い。もっとあるだろ、こう、楽しいぱーっとした話がさ。あんな平々凡々を極めたようなつまらない奴の話なんかしてると黴が生えちまいますよ。もうすぐ夏休みなんだから、学生らしく旅行の計画でも立てなさいって。僕は海に行きたいなあ、青い空、白い砂浜、輝く海! ほら、どうだ行きたくなったろ?」
いつ息継ぎをしているのかと思うほどの勢いで一気にまくしたてられ、慣れない一年生はかわいそうに目を白黒させている。仕方なく私が言った。
「そんなこと言って、猫丸先輩が一番八木くんのこと気に入ってるじゃないですか」
「こら、由美、馬鹿なことを言うんじゃありません。まったく僕の後輩は揃いも揃って馬鹿ばっかりだね。あいつがあんまり愚図だから、才気溢れるこの僕に泣きついてきてるだけですよ」
「――馬鹿で愚図ですみませんね」
猫丸先輩の後ろから聞こえた声に、さっきの女の子が小さく息を呑む。猫丸先輩の短躯では隠しようもない長身に、情けなくへの字に曲がった眉。不本意にも今日の話題の中心になってしまった、八木くんだ。
彼は後輩の一人が椅子に座ったまま僅かに体を硬くしているのには気付かず、「せっかく楽しくお喋りしてたのに、猫丸先輩が邪魔してごめんね」と苦笑する。そして猫丸先輩に向き直ると、厳しい表情を作って、
「勝手にいなくならないで下さいよ。学食で食べたいって僕にせがんだの猫丸先輩じゃないですか」
「うん。気が変わった、外に食べに行くぞ」
「もう、すぐ気が変わるんですから……はいはい、わかりました」
「はいは一回」
「はい」
八木くんが渋々といった形で承諾すると、猫丸先輩は満足して、猫のように目を細める。八木くんは慣れた風情で溜め息をつき、行きますよと踵を返す。じゃあね、と私達に声をかけることも忘れずに。
「じゃあな」
猫丸先輩もそう言って軽く手を降ると、ぴたりと八木くんの横に付く。そうして、きゅ、と彼の腕を掴んだ。まるで、恋人同士が腕を組むように。
「ちょっと、なんですか猫丸先輩」
「どうもしないよ。なんか文句あるのか」
「歩きにくいです」
「細かいこと気にするんじゃありません」
そんなやりとりが聞こえてくる。
猫丸先輩はもともと人懐っこい人だから、ああいう風に後輩にじゃれたり、無茶を言ったりするのは珍しいことじゃない。それでも、そこにいつもと違う雰囲気があるのを敏感に感じ取ってか、件の一年女子が僅かに眉を顰めた。
ああ。私はつい微笑を浮かべた。いつかの私と同じだね。
――不毛な世界へ、ようこそ。
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2012.02.16.
解説するのは野暮ですが
まだ付き合ってない八木猫です。
猫丸先輩は八木沢さんが好きで、
由美さんは猫丸先輩が好きで、
1年生女子は八木沢さんが好きで、
猫丸先輩は女子二人に八木沢さんがとられないように牽制。