「例えば『僕は妖怪など見ることができません』」
 一ノ宮勘太郎は着物の襟を肌蹴られながら一人ごちる。
「例えば『僕は春華のことが大嫌いです』」
 そこでちょっと首を傾げるようにして、
「例えば『僕はお前のことが嫌いです』」
「へえ、嘘なんだ?」
「どうなんだろうなって思ってたとこ」
 顔色一つ変えずにしれっとしてそんなことを云う彼は血も涙もない人でなし。そんな彼のことをこれから抱く僕は仕方なしに不満を云ってみる。
「なんなのそれ」
「僕、お前のこと、別に嫌いじゃないんだけどね」
 勘太郎の白い手が、僕の耳の後ろから首筋にかけてをさらりと撫でる。
「好きなのかなあ」
「まあ、どっちでもいいけどね」
 ふうん、と本当に興味なさそうに勘太郎は目を閉じる。
「それにしても、あんたこういう時に雰囲気作ったりとかできないの」
「するときもあるよ? でも今日はそういう気分じゃない」
 取り付く島もない。この人が気分屋なのはいつものことだ。僕は気にせずに唇を貪った。彼は当然のようにそれを享受し、羞恥心などないのだろうか、甘い声をあげる。お互いの唇が濡れる頃、勘太郎は少し唇を離した隙に囁いた。
「お前も嘘ついてみたらどう頼光」
 僕の返事のタイミングはキスの後、短く返す。
「なんで」
 勘太郎はキスよりも会話がしたいのか、僕の唇を避けるように少し顔を引いて笑う。頬が上気した煽情的な表情。
「嘘ついても許されるんだよ。お得じゃん」
 逃げられないように小さな後頭部を掴み、噛みつくように口づける。
「……嘘だってわかるんじゃつまらないんじゃない、先生」
「あ、そうかも」
 それで飽きてしまったのか、勘太郎は自分からキスをせがむように、僕の首に腕を回す。溶け合うような貪欲なキスの応酬。
 僕と彼の会話における嘘と本音の割合は、実際のところどれくらいなのだろう。
 どちらも嘘をついているのは承知の上で、ただそのタイミングだけがわからない。
 今のは本心なのだろうか、じゃあさっきのは?
 僕たちはそんな駆け引きを楽しんでいる。もっとも、勘太郎の言動は気分に左右されるところが大きいので、僕は振り回されないように注意しなければならない。
 ――― 嘘をついても許されるんだよ。
 あんたはいつだって僕の嘘も自分の嘘も、鬼喰いの嘘すらも許すくせに。信じたいことしか信じないのだ。鬼喰いの気持ちも僕の気持ちも、本当のところはどうでも良くて、彼の好むように信じられれば充分なのだ。なんて、想う甲斐のない。
「『僕はあんたのことが大嫌いだよ』」
 へたくそ、と勘太郎が嗤った。










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2010.03.25.
エイプリルフール頼勘。
頼光は勘太郎が好きなんだけど、とても不本意だから素直にならない。
それをわかってて暇つぶしがてらからかう勘太郎。

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