!!!Warning!!!
以下は現代パロディです。
太子は売れっ子童話作家、妹子は政治を学ぶ大学生です。





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 大学の実地調査実習からようようの帰還。
 たった二週間の留守なのに、自宅が妙に懐かしく感じる。
「明日からゼミもあるし、今日はゆっくり休もう……」
と、一人ごちた矢先。
 どんがらがっしゃーん。
 隣の部屋からとんでもない音が響いた。
「……聞こえない聞こえない」
 ドアに背を向けて、荷物の整理を続ける。隣室からはなんの音も聞こえてこず、静かなものである。その静謐と沈黙が、僕に無言のプレッシャーを与えた。
「…………あーもう!」
 叩きつけるように衣服を置き、足を床にぶつけるように歩いて十歩、僕は勢いよく隣室のドアを開いた。
「太子! なにしてんですかあんたは!」
「あ。妹子だ」
 隣室の住人――― 太子は、床に頬を擦りつけ、体をくの字に折り曲げた尺取り虫のような姿勢のまま、上目づかいで見上げた。
 ……って、何やってるんだ、そんな恰好で。
「カレー作ろうとしたら鍋引っくり返しちゃって……」
「ほんとに何やってんですか……」
 見ると確かに、太子の周りには鍋を始め、にんじんやジャガイモなどの具が散乱している。うーん。カレーも満足に作れないで、この人は僕がいない間ちゃんと生活できていたのだろうか。包丁を持つなんて考えただけでぞっとしてしまう。ちなみに野菜は、丸ごと切らないままだった。
「僕が作りますから、太子は座っていてください」
「えっいいよいいよ!」
 珍しくも遠慮する太子に目を向けると、
「だって妹子疲れてるだろ」
「……」
 この野郎わかっててやってるのか。
「わかってるならカレーなんて作ろうとしないでじっとしてて下さいよ。僕の手間が増えるだけなんですから、馬鹿太子」
「ぬふおっ馬鹿って言うな馬鹿って! 私は妹子を労ってあげようと思ったんだぞ!」
「……っカレーでですか……」
「うん」
 自信満々に頷く太子に、僕は若干赤くなった頬を隠しながら鍋に野菜を入れていく。
「あっあとな妹子ー、セリフが間違ってるぞ」
「は? なんて云えばいいんですか」
「カレーにしますか? ごはんにしますか? それともあた……」
「風呂入れ!」
「ふげふっ」
 変な叫び声をあげて倒れるこのおっさん、もとい太子は職業作家。実家は大富豪で、すぐ近くの高級マンション(億ションだったかな)が本来の彼住まいなのだが、「妹子の近くにいたい!」とかなんとか、僕の部屋(家賃五万円のボロアパートの一階)の隣を借りてきてしまった。僕の部屋に住む、つまり同棲したかったらしいが、僕は学生で、太子と一緒に住んだりなんてしたら絶っ対に勉強の邪魔をされるので、なんとか説得してやめてもらった。
 ……でもなんだかんだ言って、太子が編集者との打ち合わせに寝坊で遅刻してしまったことがあってから毎朝起こしに行って一緒に朝ごはん食べてるし、夜は夜でネタが切れただの映画見て泣いただの太子が押し掛けてくるし、いっつも太子と一緒にいるのだった。恋人だし、それが普通なんだろうけど。
 そう、僕たちは恋人同士なのだ。





「でもさー。恋人同士って云っても、私はこんなにこんなに毎日毎日妹子のこと好きで好きで大好きでたまらないのに、妹子はぜーんぜんそういうこと云ってくれなくなくなくない?」
 語尾を上げて、太子はスプーンの先で僕をびっと指した。
「どっちですか」
「太子さみしい」
「無視かよ! しかもかわいこぶらないで下さいよ気持ち悪い!」
「もきーっなんだとう!」
 顔を赤くして怒る、この人は知らない。
 太子の家は政治家の家系だ。太子の父親は、なんと現職の総理大臣。彼の親戚一同は、政治家として、彼に父親の跡を継いでもらいたいらしい。太子が僕の家の隣に引っ越してくる少し前に、僕は彼の叔父に会った。馬子と名乗る彼の叔父は、僕に彼との関係を一切の白紙に戻すように云った。金一封も見せられた。
「ん? 妹子どうした? あっカレー美味しいぞ!」
「良かったです。でも太子、カレーも作れないで、この二週間どうやって過ごしたんですか?」
「最初の一週間はおまえが作って行ってくれたカレー食べたよ」
「え、じゃあ残りの一週間は……」
「水とか……」
「餓死寸前じゃないですか!」
 僕は慌てて太子の皿にカレーを入れる。太子はそんな僕をじっと見つめる。
「な、なんですか……」
「妹子、今日はなんか優しいね」
「ほっといて下さい!」
「私は嬉しいぞ」
 にこりと笑う太子の書くのは優しい童話。彼が紡ぐ世界では、人は憎しみ合うことも貶め合うことも、ましてや殺し合うこともない。子供のように純粋で、大人のように心が深い。彼ならば神様とも友達になれるのではないかと、時折思う。彼の世界に魅了される人は多く、新作が書店に並べばすぐに売り切れる。息継ぎをするように彼の本を買う、僕もその一人。
「ねえ妹子」
「なんですか太子」
「おまえがいない間に書いたんだけど、読んでくれる?」
「……ありがとうございます」
 意識しないでも、顔が緩やかに笑むのがわかった。知り合ってからずっと、太子は僕を最初の読者にしてくれる。他の読者に対して申し訳ない気持ちと誇らしい気持ちとが半分、結局一読者としての気持ちが勝って、僕はいつも読んでしまう。



『さみしい。
 さみしい。
 今日もあの人は帰ってこない。』



 そう始まる物語は、人間に恋した人魚と、彼女と結婚した人間の男の物語だった。男は人魚と結婚したものの、何の変化も刺激もない海底の暮らしに飽きて、ある日陸に上がる。そうして、人間の女と睦み、そのまま海へは帰らない。人魚は青い光に包まれた海底で、男の帰りを待っている。いつまでも。





「どうした妹子! なぜ泣くんだ!?」
 そんなこと云われたって僕だって知らない。でも人魚の感じる淋しさ愛おしさは、これは、僕の目の前に座る、太子から生まれた感情で。そしてそれは、自惚れでも勘違いでもなく、僕に向けられた感情で。
「太子……」
「あーもう!」
 がばっ。と。太子が僕を抱きしめる。痛いくらいにぎゅっと。
「私だって今日は妹子は疲れてるからって我慢してたんだからな! 淋しかったんだぞ!」
「はい……」
「妹子は泣いてもかわいいなあ」
 よしよし、と頭をなでられる。ああ太子、僕はあなたが。
「好きです」
「えっ!? もう一回!」
「……っ何度も言わせないで下さいこの馬鹿!」
 僕が喚くと、うんうん、と太子は満足そうに頷いて頬ずりまでしてきた。顔が一気に赤くなって、もう大丈夫ですやめて下さいと太子の体を押し返しても、太子はやめない。
「好きだよ妹子。ずっと一緒にいて」





 ――― 別れて欲しいと頭を下げられて金一封。
「顔を上げて下さい、馬子さん」
と。
「彼の書くものなんて、あなたがたにとっては何の価値もないかもしれません。理想の世界を綴るくらいなら、その理想で国を動かせとあなたがたは云うかもしれません。だけど彼の物語で救われた人間がどれほどいるか、あなたがたはご存知ですか? あなたがたの云う政治で救われた人間がどれほどいるか、救われなかった人間がどれほどいるか、あなたがたはご存知ですか? あなたがたが国のためにだとかなんだとか、大義名分振りかざすより、彼はもっともっとたくさんの人間を救えるし導くことができる。彼をあなたがたの仲間にして、汚そうとするのはやめて下さい。無駄な憎しみや争いに彼を巻き込まないで下さい。こんなことを金で解決しようとする、人の想いを金で買収しようなんてする、あなたがたと、彼を一緒にしないで下さい―――!」
「……彼が作るこの国を、見たくないかね?」
「見たいですよ。住んでみたいです、そんな国。太子が望むなら」
 馬子さんは何も言わずに帰って行った。もう会うこともないだろう。



 あなたの世界は僕が守ります。だからずっと、傍にいさせて下さい、太子。









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2008.12.09.
勢いで書いてしまいました。いえ、後悔はしていません。
というわけで初書き太妹。
思いっきり甘いのが書きたかったのですが玉砕。。


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