「一時間四十五分で」
 憮然とした顔で伊勢崎は言い放つ。
「東京駅まで行け」
「無茶言うな」
 呆れたのと困ったのと半分ずつで、日光の眉尻は下がった。新宿まで行くのにどれだけ苦労したと思っているのだこいつは。
 わかっていないわけではないのは、表情がなんだか拗ねているようだから察した。他の東武路線がみんな出かけているときに唐突に言いだしたのも、どうせただのわがままだからだ。――だから困る。
 とりあえず読みかけの書類を卓袱台に置いた。
「なんだよいきなり」
「やっぱり日光に行くやつってのは日光駅で路線検索するんだよ」
「はあ、そりゃそうなんだろうな」
 ため息みたいな声が漏れた。書類を置くべきじゃなかったなと思う。
 伊勢崎は自らの言葉で苛立ちを助長させたのか、頬杖をしてこめかみを指で叩きはじめた。
「東京行く前に一回スカイツリー上ってから行けってんだよ」
「待て、東京から日光に行くって話がしたいのかおまえは」
「そうだよ!」
 話を聞いてやっているだけなのにキレられるのにはまあ慣れている。キレたついでに伊勢崎は卓袱台を叩いた。
「日光に行くって言ったら東武に決まってんだろ! それを東京から新幹線なんかに乗りやがって最近の若者はこれだから!」
「じじいが年寄りぶんなよ鬱陶しい」
 東京から新幹線?
 それはたぶん、宇都宮で乗り換えてJR日光線で行くルートを指すのだろう。
 眉をひそめたまま日光は尋ねた。
「おまえまさか――俺に新幹線とタメ張れって言ってんのか」
「そうだよ!」
 伊勢崎は当然のように怒って日光を睨んだ。垂れ目のくせに怒って睨んでばかりいるから目つきが悪い。
 快速も特急も越えて――新幹線。
 この国で一番速い鉄道に勝て、と言うよりなんで勝ってないんだと、勝っているのが当然だから憤っているような口ぶりで、こいつはいつもこうだ。
 日光に行くなら東武だと世間に言わせるためにどれだけ苦労したかも知らないで、いや知っていてなお当たり前だと偉そうに言う。
「そいつはまた」
 日光は呆れて笑った。かくあるべしという彼に応えてここまで走り、今また応えるつもりでいる自分に呆れて笑ったのだ。
 応えられる道理がないのに、彼が道理をわかった上でこんなわがままを言うのは自分だけだと知っているからいけない。
「――燃えるな」
 それまで面倒そうに話を聞いていた日光が口の端に浮かべた好戦的な笑みに虚をつかれ、伊勢崎は、目尻を下げると満足そうに笑った。





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2016.3.14.
拍手ありがとうございます!
東京駅から日光に行くときに路線検索すると
東武の日光より先に新幹線が出てくるっていう話でした。
俺たちの東.武日.光線がこんなに遅いわけがない(伊勢崎談)(比較:新幹線)