一年生。朝食の後、部屋の机の上に置かれていたチョコレートケーキ。蝋燭の代わりに、粉砂糖で描かれた"Happy Birthday to Severus"。添えられたカードには"James Potter"と署名。談話室にいた名も知らぬ上級生にくれてやった。
 二年生。セブルスの迎えた年齢と同じ十三本の真紅の薔薇。カードには署名と祝福のまじない。捨ててしまおうとも思ったが花に罪はないと思い直し、同室者の目に付かないようひっそりと花瓶に活けた。
 三年生。世に数冊しかない稀覯本。ホグワーツの図書館でも禁書扱いの、難解かつ危険で高度な魔術の書。カードにはただ一言、"I love you"。栞として本に挟み、時間を見つけては読み解いていった。
 そうして一年が過ぎて、セブルスもジェームズも四年生となった。成績を競い、喧嘩をし、ジェームズは時折セブルスに好きだと云い、その度にセブルスは鼻で笑う。二人の関係はそういうものになっていた。
 朝食を終え、セブルスは大広間からスリザリン寮の自室へ帰る。例年なら、この時プレゼントが置かれていた。潔癖と云われるまでに整えられたセブルスの領域に溶け込むように選ばれたそれ。
 しかし今日、セブルスは部屋の入り口に立ったまま机上の空白を見ていた。





 朝食の時大広間にジェームズがいたかどうか考えてみると、少なくともセブルスは見なかった。そもそもグリフィンドールとスリザリンの席は広間の両端に位置し、朝のように生徒が多く集まる時間帯ではいつもセブルスを見付けるジェームズが特別なのである。問題なく朝食を終えることが出来たということは、彼はいなかったと思っていいだろう。
――― セブルス。聞いていましたか?」
 マグゴナガル女史の声で、セブルスは自分が中空を見詰めていたことに気付いた。慌てて視線をずらすと、女史の厳しい目があった。
「いえ、マグゴナガル先生。聞いていませんでした、申し訳ありません」
「あなたには珍しいことですね、セブルス。気分でも?」
「いえ……」
「なら結構。スリザリン十点減点。変身術における自我の危険性について述べなさい」
 セブルスが答えると、女史は「よろしい。スリザリンに二十点与えます」と背中を向けた。
 くす。
 微かな笑い声を捉えて振り向く。二列後ろの席から、リーマスが微笑んで手を振ってみせた。セブルスが眉を顰めると、一層笑んで右を指す。
「……?」
 リーマス=J=ルーピン……シリウス=ブラック……ピーター=ペティグリュー……そして空白。四人掛けの長机に、一人分の椅子が余っている。
「セブルス=スネイプ!」
 再び女史の声が飛ぶ。セブルスは急ぎ前を向いた。二寮合同の変身術の授業にも、ジェームズは出席していない。女史が大きく溜め息を吐いて云った。
「スリザリン、十点減点」
 覚えず舌打ちを鳴らした。





 一日の授業を終えて大広間に向かったセブルスは、けれども夕食を食べる気分ではなかった。
 夜の大広間に、ジェームズはいない。無意識に姿を探す自分に気付くのといないのがわかるのと、セブルスは二つの苛立ちに襲われた。席を立ち、グリフィンドールの席へ向かう。
 自分から彼らに近寄るのは初めてだ。普段はその必要がない程彼らから近寄ってくるのに、今日は何もないのがかえって不気味だ。いち早くリーマスが気付きまた手を振った。
「こんばんは、セブルス。誕生日おめでとう。どうかしたかい?」
「………ポッターは、」
 一言も喋らないどころかこちらを見ようともしないシリウスとピーターに云いようのない薄気味悪さを感じる。
「どうした?」
「ああ、ジェームズね」
 リーマスはくつくつと笑った。
「ジェームズなら病気をして、部屋で寝ているよ」
「医務室ではないのか」
「大したものじゃないみたい。今頃お腹を空かせてるんじゃないの。ねえセブルス、それ、ジェームズに持って行ってくれない?」
 それと云われて見ると、今夜の夕食が銀のトレイに用意されている。セブルスの視線がきつくなり、リーマスを睨んだ。
「何故僕が」
「僕達これから昼間のいたずらの罰で廊下の掃除をしなきゃいけないんだ。遅くなるとジェームズの機嫌が悪い。頼むよセブルス、さあ!」
 リーマスが乱暴にトレイを押し付けた。スープがちゃぷんと危なっかしく揺らいだ。
「おいルーピン!」
「おっと、気をつけないとこぼれるよ」
 そう云って、リーマスは両手を背中に隠した。
「……」
 いつまで待っても返ってくるのは笑みばかり。セブルスは諦めて、そのまま踵を返した。





 ジェームズ=ポッターという奴は――― 自分にとって何なのだろうか。
 セブルスは地面を踏みつけるようにして、荒い足取りで歩いた。
 勇敢な獅子と狡猾な蛇。首席と次席。訛りのない綺麗なクイーンズイングリッシュで、I love youを唱える男。
 最初はその笑顔を嫌った。次に才能を妬み、若さを憎んだ。そして言葉を怖れた。自分に向けられる気持ちの一つ一つを。
 グリフィンドール寮の肖像画の前で足を止める。合言葉は知らない。行くだけ行って、どうせ入れないのだから戻ってリーマスに突き返そう、と思っていた。
「失礼、レディ」
 セブルスは静かに声をかけた。いつもこうなのか、廊下には幽霊も含めて誰一人いない。
 肖像画の中で、婦人はセブルスを見た。
「誰?」
「スリザリンのセブルス=スネイプです、レディ」
「スリザリン! 道理でお行儀の良いこと。まったくグリフィンドールのやんちゃときたら! で、スリザリンの坊やが何のご用?」
「…………ジェームズ=ポッターを見舞いに」
 逡巡の末、セブルスは答えた。婦人はあっさりと扉を開けた。「どうぞお入り、スリザリンの坊や」
「……何故?」
 合言葉を知らない人間が簡単に入寮を許可されるほどに、この肖像画の警護は弱くない筈だ。
「何故って、昔に約束したからよ。ゴドリックとね。愛と智恵を以て来れば、獅子の子以外でも中に入れると」
「僕にはそんなものない!」
「たとえあなたが持っていなくても、ジェームズが持っているのを私は知ってるわ」
「……」
「でもダンブルドアやマグゴナガルに見られると大変だから滅多に開けないの。ほら、閉まる!」
 ジェームズの価値はまだわからなかった。入っていく義務はない。
 しかしセブルスは決して速くない速度で閉まり始めた扉の向こうに体を滑り込ませた。手に持った盆は意識の外だった。





 談話室にいたのは、ジェームズ一人だった。
「やあセブルス、誕生日おめでとう」
「ポッター……病気では?」
「今治った」
 にこりと笑うジェームズに、セブルスは全てが仕組まれていたことを知る。
 唇に冷笑が浮かんだ。
「それはミスターポッター、僕にご夕食を運ばせてさぞ満足なことだろうな。……何が愛だ。馬鹿げてる」
 音を立ててトレイをテーブルに置いた。スープがこぼれた。気に留めず、肖像画だけを見詰めて歩く。
「待ってセブルス、愛って!」
「レディがそう云っただけのこと。僕には関係ない。僕と貴様には」
「まさか。大いに関係がある」
 自信の満ちた口調。振り向くと、驚くほど近くにジェームズがいた。
「僕から君に」
 声が耳元で広がる。
「I love you、だ」
 目が近付いた。そして多分、唇が触れた。
「な……っ!」
「だって君、来てくれたでしょう」
 少し距離を作って、ジェームズが云った。
「僕のことが気になったってことでしょう、それは」
「そ……、うかもしれない、だが」
「好きってことじゃないのかな、それは」
「……そうは思わない」
「僕は思うね! 君もいい加減認めなよ」
「違うと云っているだろう!」
「誕生日だっていうのに、本当君って素直じゃないね!」
「おまえは人の誕生日もまともに祝えないのか?」
「祝っているじゃないか! キスもして」
「無理矢理だった」
「なんて人聞きの悪い! ああ愛してるよセブルス……」
「……おまえのそういうところが嫌いだ」
「僕は君のそういうところが好きだよ」
「全て嫌いだ」
「全部好きだよ。……ほらね、僕ら気が合う。君は僕のことが好きなのさ」
 ジェームズが笑う。なんだかどうしようもなくおかしくなって一緒に少しだけ笑ったセブルスを見て、ジェームズが云った。綺麗なクイーンズイングリッシュで。
「Happy birthday, Severus」
「I love you, Potter」










 どうかこの日に幸多からんことを!









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2006.01.09.
お誕生日。
多分、私のジェスネは基本的に喧嘩してるんだと思います。
そして太った婦人の口調がおかしいですねぇ…。


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