ばーん。
 右手をピストルの形に折り曲げて、テレビを見ている東西の背中を撃った。テレビからは芸能人の笑い声がして、東西も一緒になって笑っている。背後の僕が何をしていても気が付かない。
 ばか。東西のばか。
 東西に気付かれなければ僕の勝ち。そういうゲームをずっとしている。




 休みの日や仕事終わりに互いの部屋に寄って過ごすのが僕たちの習慣だった。二人でベッドに並んで互いが眠りにおちるのを待ったり、会議で渡された資料を読み合わせしたりすることもあるけれど、大抵は東西が床であぐらをかいてテレビを見ている後ろで、僕はベッドに座って雑誌をめくる。
 今日も退勤後に待ち合わせて外でごはんを食べ、帰ってくると僕は流れるように東西の部屋に一緒に入り、東西は流れるようにテレビを点けた。そして今に至る。
 退屈だ。
「東西、今日は疲れたんでしょ。こっち来て休みなよ」
「いや、いいよ」
 東西はまたテレビの笑い声に唱和する。ぜんぜんよくない。
 僕の気持ちが東西に伝わっているのかわからないし、東西が同じ気持ちでいてくれているのかどうかは確信が持てない。
 ベッドの上で膝枕をしたりされたり、向い合って横になって囁くような声で話したりするときに、顔を赤くしたり不自然に目をそらしたりする僕の様子からは東西への気持ちが漏れているはずだけれど、東西はみんなの前にいるときと同じ声音や目をして僕に付き合っている。その一方でときどき寝たふりをしている僕の髪を撫でたりするのだからまさか嫌われてはいないと思うけれど、僕以外のひとの前で東西がどんなふうにしているのかなんて知らないしと考え始めると不安で仕方がなくなるし、もしも僕の期待している通りだとしたらはやくこっちにきて抱きしめてくれないとぜんぜん気が済まない。
 溜息にするはずだった息を細くのばして呼吸に変える。退屈しているとわかれば東西は、じゃあ自分の部屋に帰るかだなんて言い出しかねない。そんなことを言われたら僕は売られてもいない喧嘩を勝手に買って帰った部屋で落ち込むだろう。だからテレビを見ているのを邪魔することもできないし、同じ雑誌を三回も読んでいる。
 ゴールデンタイムの特別番組はあと一時間も続くらしい。テレビを睨んでも時計を睨んでも仕方がないので東西の背中を睨みつけ、伸ばした腕で心臓に狙いを定める。
 ばーん。
 銃声は僕の頭の中に響き、部屋の中にはタレントの声がそらぞらしい。僕は膝を抱え、額をつけてうずくまった。
 東西なんかはやく僕を好きになればいいのに。
 同じ部屋にいるくせに僕のことなんかまったく気にしていないみたいだし、心臓が狙われていることなんかいつまで待っても気がつかない。こんなのゲームでもなんでもない。本当は気付かれないのが負けなのに、負け続けるのが悲しいから勝ちということにしているだけだということは、自分でちゃんとわかっている。
「う……」
 唇を噛んで堪えていると呻き声が聞こえ、弾かれて顔を上げた。
「ぅ……なん、ぼく」
「どうしたの東西!」
 苦しそうな表情。両手で脇腹を抱えた東西は、僕が駆け寄るのを待たずに床に倒れてしまった。そんな、なんで、どうして。さっきまで元気だったのに。
「東西、とうざい! からだ痛いの? 救急車呼ぶ?」
 やっと駆け寄った僕を、東西は薄く目をこじ開けて見上げた。口を開いて、でも呻き声しか出なくて、手が僕を呼ぶ。僕はその手をぎゅっと握って、彼の声を聞くために、口元に顔を近付けた。
「なんぼく」
 ?に柔らかい感触があたる。それから首に回される腕の重みが僕を東西に近づける。耳元で笑い出す東西の息が近い。
「なっなななななにするのとうざい」
 東西は僕の頭を抱えたまま、おかしくてたまらないというように笑っている。息が耳にかかってくすぐったいから今すぐやめてくれなきゃこまるし、初めて抱きしめられて力が強いと感じているのは僕の力が抜けているからのような気がしてもうほんとうにこまる、こまるのだ。
 東西は僕の慌てているのを存分に楽しんだあと、ようやく答えた。
「だって、おまえ、テレビの画面に反射して、全部見えてるよ」
「東西のばか!」
 撃ったのは脇腹じゃなくて心臓だと言ってやりたいのに、動悸がひどくてとても言えない。





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2015.05.02.
リモコンを瞳に向けて撃つときの痛みのような二月の部分 /盛田志保子
東西と南北が部屋でいちゃいちゃしているだけになってしまった。