一緒に寝てもいいか、と最初に云われたときには驚いた。その感情がもろに顔に出たことは間違いない。仕事以外では感情の起伏を自分でうまく御することができないのはよくわかっていた。そしてそのことで、彼との共同生活が既に自分にとって仕事の域を出ていることがわかった。
「いきなりごめん。駄目なら、いいんだ」
「別に駄目じゃない」
 彼の生い立ちは調査書を読んで知っていた。だからその辺に原因があるのだろうと思って理由は聞かなかった。共同生活を始めて半年近く経つが、彼の緊張した顔は初めて見た。その顔が少し緩み、体が素早く布団の中に潜りこんだ。
「……笛吹さんはまだ寝ないの」
「まだ仕事が残ってるからな」
「そう」
 彼は小さくそう応えて、頭の先まで布団を被せると、おやすみと云って静かになった。
 仕事が残っているというのは事実だったが、それを今日中に終わらせる必要はなかった。ベッドは一人用でしかないので、寝るとすれば必然、彼と体を密着させるようになる。もともと他人と接触する機会が少ない自分には難しいことだった。もしそれを可能にするものがあったとしたら、仕事という概念だったろう。しかし冒頭にも云った通り、仕事という概念は一切浮かんでこなかった。
 結局、その夜は寝息が聞こえて彼が完璧に眠ったのを確かめてから彼の寝室に行ってそこで眠り、翌朝は彼よりも早く起きて朝食の支度をした。笛吹さん朝早いよね、俺全然気がつかなかった、と目を擦りながら起きてきた彼に対して、罪悪感を感じなかったと云えば、嘘になるが。



 それから頻繁に彼は俺の寝室にやってきては伺いを立てた。俺が断ることはなく、そのうち寝室の移動が面倒になって、彼の寝ているベッドにそのまま入るようになった。俺が寝ているときに、彼が部屋に入ってきて、そのまま足下にもぐりこんでいたこともあった。
「……随分静かに寝るよね」
 ある夜、いつの間にか彼の気配が近くにあった。それに気付いたが、体を起こして彼にそれを知らせようは思わなかった。俺がまだ眠っていると思ったまま、彼は俺の足下のあたりにいたまま、いつものように布団に入ってこようとはしなかった。
「いつも思っていたんだけれど、笛吹さんの寝息は規則正しくて、羊の数を数えるよりも早く寝れる。体温も丁度いいし、良い匂いがするのにはもう敵わない。……もしも俺が笛吹さんを好きになっても、きっと仕方ないことだと思う」
 心臓が跳ねた。よく、驚いて飛び起きるという話を聞くけれど、飛び起きるだなんて芸当は不可能だった。全身が金縛りにあったように固まって、微動だに出来なかった。もしもそのとき彼が、いつものようにベッドに入ってきていたら、心臓の音で全てがばれてしまっただろう。けれど彼はそれから十分程(もしかしたら一分かも、一時間かも知れないが)黙り、静かに部屋を出て行った。その突然さは最早テロに近かった。
 翌朝、顔を合わせたヒグチが開口一番、もしかして起きてたの、と云った。ああ俺の顔よ、素直に心を映すのはもうやめてくれ。










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2009.05.01.
今度は笛吹さん視点。
このあとヒグチが恥ずかしくて逆切れして笛吹さんも逆切れされたから更に逆切れして喧嘩になり、その仲直りするときになんとなくそういうことになります。
ヒグチは多分ちゃんと告白とかできないから、こんな告白はいかがでしょう。


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