※15禁です※
それでもよろしければどうぞ。
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メルの事務所の暖房が壊れたらしい。
わざわざ電話をかけてきて、寒い寒いとぐちぐち文句を言っている。
「僕に電話するより電機屋に電話しろよ」
「そんなことは昭子嬢がとっくにしている」
ふんと鼻で笑われる。なんで朝っぱらから電話で馬鹿にされないといけないんだ。
「こんな寒い部屋にいられないから、今日は休業して君の部屋に行くよ」
「それは構わないけど……実はうちも暖房の効きが悪いんだ」
『なんだって?』
声が二重に聞こえたかと思うと、玄関の戸が開いて、そこにメルが立っていた。漆黒のタキシードと揃いのマントようなコートを羽織り、手には同じく黒の革製の手袋をしている。余程寒かったのだろう、陶器のような白い頬に少し赤みがさしている。
「せっかく君の家まで来たのに、まったく使えないな」
携帯電話の通話を切ったメルは、そう言ってずかずかと上がり込んでくる。私は唖然として、受話器をクレイドルに戻した。
「確かに寒いな」
顔を顰め、「だが事務所よりはマシだ」
室内の気温は十五、六℃だ。暖房の切れた事務所の寒さを思うと、メルが我が家にやってきたのも少しは理解できる。
「ってメル、昭子嬢は事務所にいるんじゃないのか」
「もう帰したよ。事務所に電話しても録音が流れるだけだ」
なら良いのだが。しかし探偵も自由業とはいえ、暖房が壊れたくらいで突然休業にされたんじゃ、依頼人はたまったものではないだろう。今日は依頼の予約がなかったから、暖房の故障にかこつけて暇潰しに来たに違いない。
「なあメル、今日はどうせ暇だったんだろ」
「ああ。世間はまったく平和で困る」
「僕は困らないぞ」
「いいや。君だって困る筈だ、書けなくなるからね」
と、メルが部屋の隅で電源が切られたままのストーブに目を留める。
「美袋くん、ストーブつけないのかい」
「石油が高いからストーブはなし」
露骨に目に険がこもるメル。
「この寒いのに凍死よりも石油代の心配をしなきゃならないなんて、売れない作家は惨めだねえ」
「ほっとけ。かわりに電気カーペットを使ってるからいいだろ」
テーブルの下に毛布を入れ、電気カーペットで温めると簡易こたつの出来上がりだ。普段はデスクでする執筆作業も、今はこたつでやっている。
メルはコートと手袋を私に投げてよこすやいなやこたつに入り込んだ。
「ふむ」
と満足げに漏らした吐息が憎らしい。床に放り出しておけばよかったのに、メルのコートをハンガーにかけてしまう自分に大きな矛盾を感じる。私の気も知らずメルはさらに続ける。
「お茶もないのかい。気が利かないな」
「あいにく、招かれざる客に出す茶はないんでね」
「この私がわざわざ来てやったんだ。茶を出す以上の価値があると思うがね」
毎度思うが、こいつのこの自信はどこから来るのだろう。私は頭が痛くなった気がして額に手を当てた。メルの暴走は止まらない。
「ああ執筆中だったのか、相変わらず愚にも付かない小説なんだろうね」
テーブルに出しっぱなしにしていたノートパソコンをかちゃかちゃといじりだすのを、パソコンを取り上げて回避する。いつかみたいにデータを破壊されないとも限らない。
「あのなメル、君がそこにいると僕がこたつに入れないんだよ」
テーブル自体は四人掛け程度の大きさがあるが、散らかした荷物のおかげで実際に座るには一人分のスペースしか残っていないのだ。
メルが少しこたつから身を離し、両手を広げる。
「……なんだ?」
「おいで、三条」
メルがにっこりと笑う。営業用の笑顔に似て非なる(と思いたい)貴重な表情。こいつはたまに頭がおかしい。しかし顔を顰めようと思ったが、うまくいかない。メルは微笑んだまま首を傾げた。
「どうした?」
「いや」
私は諦めてこたつに向かう。最初からこういう態度をとっていれば茶と言わず菓子まで出したのに。メルが少し体をずらして、私が座る隙間を作る。メルの足の間に座ると、後ろから手が回される。緩い拘束が心地良いと感じる私も、いい加減頭がおかしい。
元の位置にパソコンを戻して、画面に向かう。画面の中では登場人物達がそれぞれの推理を述べあっているところだ。どこまで書いたっけと記憶をたぐりはじめたところで、メルが私の左肩に顎を乗せる。
「……メル、重いんだけど」
「そう」
私の不満などどこ吹く風で、メルは画面を覗き込んで読んでいる。
「犯人わかっても言うなよ」
「それは約束できないな」
耳元で言うものだから、メルが話す度に息がかかってくすぐったい。メルのことだからわかっていてしているのだと思うと意地でも反応してやるものかと、妙な反抗心が生まれる。
「はやく続き書きたまえよ」
「あ、うん」
どこまで書いたっけ、と思いながら読み返す。しばらく自分のつくった世界の中に入ってキーボードを叩いていると、突然メルの唇が私の耳朶を挟んだ。
「……!」
あやうく反応しかけるが、声は出さずに済んだ。するとメルのほうも私の反抗心に気がついたのか、そのまま舌を這わせ始める。舌の先端でなぞるように、耳朶の外郭を辿り、徐々に中央へ。くぼみは特に念入りに。それと同時に、メルの手が私のセーターの上をなめらかに動く。触れているかどうかの手触りか逆に嗜虐的だ。私の手はとうにキーボードを叩くのを放棄し、こたつに入れた毛布の端を掴んでいる。
それでも耐えていると、舌の面を使って舐め始め、その音だけが鼓膜に響く。ふいに音が止んで終わったと思ったら、メルが首筋にキスを落とした。いくつかの啄ばむようなキスの後、下から上へかけてべろりと下が這うのに鳥肌が立った。メルの唇の動き一つでどんどん体が崩れていくので、ほとんどうずくまっているような体勢になっている。一方の手はいつの間にかセーターの中に入り、胸をいじくっている。もう一方の手が私の首筋を撫で、唇を撫で、割って入る。メルの指が舌に届いたところで、私はギブアップした。
メルの手を振りほどき、振り返ってメルの肩を掴む。乱暴にキスをして、舌を絡めると、メルが小さく声を漏らす。それで少し理性が戻った。ゆっくりとメルの髪を撫でる。相変わらずさらさらとして憎たらしい。
「続き書けって、君が言ったんだろ」
少し顔を離して文句を言うと、メルはしれっとした顔で
「私は暇だって言っただろう? 三条。恋人が暇だって言ってるのに仕事する男がいるか」
と背中をつねる。汗ばんでいる私と対照的に、メルは白い顔で汗一つかいていない。いや、この寒い部屋では私のほうが異様だ。それでもメルの顔に赤みがさしているのを見て、私は彼を押し倒す。
「原稿落としたら君のせいだからな」
「だからストーブつければ良かったんだよ」
メルは嘯いて、ベッドに行こう三条、と笑んだ。
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2011.11.06.
美メルです。
寒いがりじゃないのに寒いってメルが我儘言って
美袋くんといちゃいちゃしてたら素敵だなあと思って。
たまにはでれさせないと。