正月。八木沢は実家に帰っていて、一方の僕はおせちの安売りに忙しい。
「猫丸! こっちこっち!」
「はーい!」
 まだ新しい年を迎えたばかりの街は、どこか新鮮だ。昨日からの連勤だったが、僕は声を張り上げ、得意の長広舌でお客を呼び込む。
 朝から働き続け、休憩にしていいと言われたのが午後三時。スーパーの事務室に入り、壁にかけたコートのポケットから携帯電話を取り出す。
 着信が一件。液晶に映る八木沢行寿の文字に、心臓が少しだけ跳ねた。
 制服を脱いでコートを着込み、スーパーを離れた。休憩は一時間。近くの公園のベンチに座って一服してから、リダイヤルをかけた。
 機械音痴の僕に携帯電話を持たせたのは八木沢だ。購入するのにも着いてきてくれたし、その後最低限の機能を使えるようになるまで根気良く付き合ってくれた。それでもメールを打つなんて真似はできなくて、電話をかけるのが精いっぱいなのが、申し訳ないと言えば、申し訳ない。
 数回のコール音の後、回線が繋がった。
「もしもし、八木沢か?」
「あーっ、猫丸先輩!」
 こちらの鼓膜を破らんばかりの声量に、慌てて電話から顔を離す。聞こえた声は確かに八木沢のものだったが、やたらとテンションが高い。さては。
「八木沢、酔ってるのか?」
「はい!」
 元気な返事。きっと親戚の集まりで掴まえられて、しこたま呑まされたのだろう。八木沢の穏やかな雰囲気は、年配の人間に受けがいい。
「ちょっと声落とせ、うるさい。正月だからってあんまり浮かれて羽目を外すんじゃありませんよ、おまえさんは」
「猫丸先輩こそ、正月くらい小言はよしてくださいよ」
 こんな言い方をするのも酒に呑まれているからだ、ということで勘弁してやろう。
「それで? 八木沢、なんか用事があったんじゃないのか?」
「用事?」
 電話の向こうで八木沢が首をひねる様子がありありと想像できて、僕は口元を緩めた。
「まあ、用事といえば、用事ですけど……」
「なんだよ」
「猫丸先輩、今年もよろしくお願いします」
 改まって言うのが照れくさいのか、八木沢の口調はなんだか歯切れが悪い。ぷっ、と僕は吹き出した。
「なんだ用事って、そんなことか」
「そんなことはないじゃないですか、そんなことは」
「僕はまたてっきりおまえさんが何か厄介事に巻き込まれたんじゃないかと思って心配で心配で」
「あ、その言い方、嘘っぽい」
「八木沢、こちらこそ、今年もよろしく」
「今話逸らしたでしょう!?」  この後電話に夢中になった僕がバイトに遅れて怒られるのはまた、別の話。





-----------------------------------------------------------------
2012.01.01.
2012年お正月の過ごし方・八木猫編。
バイト三昧の猫丸先輩に理解を示すことが肝要かなと。
さすがに現代では携帯電話がなければバイトもできないので
機械音痴の猫丸先輩でも一応持ってると思います。