こいつに寺社仏閣ほど似合わない場所はないな、と改めて隣のメルカトルを見やった。新年を迎えたのに、相変わらずの黒タキシード、蝶ネクタイ、シルクハットにステッキ。最近の変化と言えば、冬になってマントを着るようになったことくらいか。これも黒。神をも怖れない悪魔の所業を繰り返すメルが神に願掛けとは。
いつだったかメルに正月の親戚の集いから呼び戻されてからというもの、私は正月の里帰りを諦めてメルと過ごすことにした。考えてみればいい歳をして結婚もせずに益体もない(と思われている)小説を書いている人間が親戚の集まりに行ったって、ろくなことはないのだ。
メルぱん、ぱんとやたら響く良い音を立てて柏手を打つと、一礼してからこちらを向き直った。
「あのね美袋くん、初詣の参拝は二礼二拍手一礼するんだよ。神社ではね。いい大人なら当然知っておいて然るべきマナーだ。まあ、定職にもつかずふらふらしている君は知らないかもしれないけれどね」
今年もその舌鋒に鈍りはないらしい。全くありがたくない。
「定職にはついてるよ」
「君のことを小説家と認識している人間が何人いるか。平日の昼間にスーパーに買い物に行くとじろじろ見られるだろう?」
そう言えば……。思い当たる節がないでもない。私の様子を見て、メルがふんと鼻で笑う。
「君は本当に人目を気にしないね。もう少し自分がどう見られるか考慮しないと、いつか酷い目に合っても知らないよ」
「そんな格好してる君が言っても説得力ないだろ」
「私のこれは銘探偵のユニフォームだよ」
だから、なんでそのユニフォームにしたんだよ。訊くだけ無駄なので訊かないが、口がむず痒い。
「大体ね、初詣っていうのは神様にお願いするためにするじゃないんだよ」
「え、そうなのか?」
今年こそ賞がとれますようにってお願いしてしまった。
「これは『今年はこうなるように頑張ります』って神様に誓う儀式なんだよ」
「へえ」
やはり何でも神様にお願いするようではいけないのか。
「メルは何の誓いを立てたんだ?」
「この私に相応しい事件が起こるように、だよ」
「え、それって」
事件を起こすぞってことじゃないのか、そう問い詰めようとしたが、メルがマントを翻しておみくじ売り場に向かうのでタイミングを外してしまった。颯爽とはためくマントを追いかける。こいつ、去年も一昨年もその前もそのまた前も、つまり毎年必ず大吉を引くんだよな。何か仕掛けがあるのなら今年こそは見極めなければなるまい。
巫女に渡された六角形の筒をメルは無造作に振る。すると底に開いた穴から箸のような木片が飛び出るので、それを巫女に渡すと、彼女がカウンターの裏の引き出しから、おみくじの結果の書かれた紙を取り出してメルに差し出す。
この過程に、メルが介入する隙はあり得ないように見えた。
「当然だよ、人智の付け入る隙があっては天命を占うおみくじとは言えないからね」
また私の考えを読んだようにメルが言う。
「ほら――― 大吉だ」
勝ち誇った声と顔。むかつく。なんで神仏に喧嘩を売って生きているようなこの男の運勢が大吉なんだ。
「美袋くんも引いてみたまえ」
にやにやと笑いながらメルが唆すが、これで私が大凶でも引けば目も当てられない。私は「いや、私は運には頼らないから」と言い逃れた。なんだか毎年こう言っている気がする。
「そうかい」
意外なほどあっさり引き下がったと思ったら、
「まあ君には自分の運命と対峙する勇気なんてないだろうからね」
むっ。
「そこまで言うならやってやろうじゃないか」
と言って、おみくじ代の百円を巫女に渡す。筒を振るとあっけなく木片が飛び出す。これで本当に大凶だったとしても、知るものか。こんなおみくじで一年の運勢が決まるわけがないのだ。
「どうぞ」
巫女からおみくじを受け取る。開くと、そこには―――
「小吉」
私とメルの声が重なった。
小吉。中吉の下、凶の上。全体で見れば、平均的と言ったところか。なんとも中途半端な。
リアクションに困ってしまった私を前にして、メルはくつくつと笑い出す。
「なんだよ、メル」
「美袋くんらしいと思って。小吉ね。小吉。いや、まったく君らしいよ」
徐々にその笑いが大きくなっていくと思ったら、もう爆笑している。そんなに面白かったか? 私は憮然とした顔で言った。
「メル、早く帰って甘酒飲もう」
一時間後、私はメルと昭子嬢におみくじの結果を肴にされながら、甘酒を飲んでいた。
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2012.01.01.
2012年お正月の過ごし方・美メル編。
学習して、大人しくメルと過ごすことにした美袋くん。
いっそクリスマスから正月まで一緒に過ごして下さい。