二人が夕飯を食べにでかけるまでのお話。





 大晦日。
 社長とバイト、二人きりの事務所の中はいつも通りゆっくりと時間が過ぎる。アントニオはハンモックの上で雑誌をめくり、石動は机の前で本を読んでいた。
 日が傾いて、本を読む手元が暗くなってようやく、石動が動き出した。
「アントニオ、電気点けてくれ」
「……」
「寝てるのか?」
「起きてます」
「電気」
「自分で点けてくださいよ。大将の方が近いんですから」
 電気のスイッチは事務所の入り口にあるので、確かに石動のほうが近いといえば近い。が、ハンモックは石動の机のすぐ後ろにあるので大して変わらないのではないだろうか。だったら電気を点けるのは助手の役目だ、と石動は食い下がった。
「なんで大将じゃ駄目なんですか?」
「僕は本を読んでいる」
「今はもう読んでないから、いいですね」
 確かに、アントニオを説得することに懸命になっていて、既に本は閉じていた。しかも部屋に入る光はどんどん少なくなり、もう照明なしでは本なんて読めなくなっている。
「……うん」
「でもアタシが点けてあげますよ」
 アントニオがひらりとハンモックから降りて、ぱちんと電気を点ける。急に溢れかえった光に慣れるために石動は二、三度瞬きした。
「ありがとう」
「いえ」
 アントニオがゆっくりと戻ってきて、持っていた雑誌を石動の机に置く。そのまま覆いかぶさるように顔が近付いた。アントニオの唇はいつも少し湿っていて、かさかさの石動のそれとはまるで違う。形のいいその唇は、離れたと思ったらにっこりと笑う。
「ご褒美貰えたんでいいですよ」
「おま……そ……さ……」
「『おまえ、そういうことは先に言え』ですか? 次から気を付けますね」
 そう言いながら再び顔が近づいてくるのを両手で阻止する。掌に唇が当たる感触が生々しい。
「おい! アントニオ!」
「ところで夕飯食べに行きませんか? 大将」
 驚くほど潔く離れた助手が真面目な顔で言うものだから、石動は怒るタイミングを逃してしまった。





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2012.01.01.
アントニオは常に石動さんの隙を狙っているイメージです。
石動さんは隙だらけです。