管理官の癖に、笛吹さんは現場に行くのが好きだ。情報管理課の俺が現場に行くことは絶対にないので、現場での笛吹さんを見ることを出来ないのが残念だし、そもそも管理官として働く笛吹さんを見ることが出来たのも、HAL事件の時だけだ。けれどその管理官としての能力は随所で見ることが出来る。大体、この俺を管理できているだけでも充分だ。
「あれっ笛吹さん、出かけるの?」
 警視庁の玄関でばったり遭遇。俺は出勤、笛吹さんは筑紫さんと一緒に、どうやら険しい顔。家を出る直前に見たニュースで報道していた立て籠もりの件だろうか。
「ああ」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「……行ってくる。心配するな」
と、笛吹さんらしいぶっきらぼうで云って、筑紫さんはぺこりと頭を下げた。俺はへらへらと気楽な笑顔で手を振って、二人を送った。そもそも笛吹さんが行くような事件ではないと思うのだけれど、この人でしゃばりなところがあるから仕方ないなあ、とかなんとか思いつつ。
 これが午前十一時二十三分のこと。



 仕事をする傍ら、横にケータイを置いてTVを流しっぱなしにする。もし事件に進展があったら、ニュースで流れるだろう。午後一時三十八分、テレビは立て籠もり事件にて負傷者二名、と告げた。どうやら犯人は拳銃を所持していた模様。なんとも面倒な事件だ。
 この二人が笛吹さんと筑紫さんだったら笑えるなあ、いや笑えないかあ、と俺は暢気。だって一番危ないところに立つのは機動隊で、俺の大事な人達は一番安全なところにいるからだ。何も心配する要素はない。
「なあヒグチ、あの人今ここにいるんだろ?」
「うん、そうみたい」
 遅めの昼食を摂りながら、OLみたいに同僚とおしゃべり。
「心配じゃないのか?」
「そりゃ心配だけど」
 ハンバーガーを一口頬張る。
「でも俺が心配しても仕方ないじゃん。あの人絶対一番安全なところにいるだろし」
「まあ、そりゃそうだよなあ」
 食欲は依然衰えることを知りません。十九歳男子、俄然成長期ですから。



 テレビを流していたケータイが、振動と共に電子音を流す。サブディスプレイを見ると筑紫さん。笛吹さんから電話が来ることすら稀なのに、筑紫さんから電話なんて、もしかして初めてじゃないの?
「はい、もしもし」
「ヒグチか?」
「うん、どうしたの筑紫さん」
「落ち着いて聞いて下さい。――― 笛吹さんが撃たれました」



 午後三時十一分。
 心拍数上昇。
 血圧低下。
 視覚は意識外。
 聴覚が鋭敏。
 筑紫さんの言葉が脳を揺さぶる。
 けれどその言葉を認識できない。
 警察病院まで駆ける。駆ける。










 お願いだから無事でいて。
 あなただけは無事でいて。















 手術室の前で筑紫さんが待っていた。そのソファの端に、背を向けるように座る。顔を見られたくなかった。自分がどんな顔をしているか、まったくわからなかったが、きっと親を失くしたあのときと同じなのだろう。あのときは彼らが、今は手術室の彼が世界の全て。
 筑紫さんは何か声をかけようとして、しかし口を噤んだようだった。握りしめた両手が痛い。全意識をそこに集中させ、力を込めないと叫び出しそうだった。一言でも口にすれば何かが決壊するような気がしていた。
 どれくらいの時間が経った頃か、唐突に筑紫さんが立ち上がった。反射して、見ると執刀中を告げる手術室のランプが消え、程なく医師らが出てきた。
 医師に興味はなかった。俺はその後ろから出てくるベッドの上の人だけを見ていた。横たえられ、胸が上下しているのがわかった。彼が呼吸をしているというだけで泣きそうだった。駆け寄ろうとすると、後ろから肩が掴まれた。
「まだ絶対安静だ」
 その手には強い力が籠っていた。きっと筑紫さんも早く笛吹さんに呼びかけたかったのだと後になって気付いた。今は筑紫さんに抵抗することも彼に触れることもできず、ただじっと耐えていた。今にも動き出したい足が震えていたが、他に理由があるのかはわからなかった。
 時間の感覚などとうになくなっていた。病院内に夜が押し寄せ、人工灯が目に刺さるころ、病室に呼ばれた。
「笛吹さん!」
飛び込むなり目に飛び込んだのは、笛吹さんがぽかんとこちらを見る顔。ああ、なんだ、元気じゃないか。
「ヒグチ、なんだどうした、そんなに急いで」
 笛吹さんの声が耳に響く。視界は笛吹さんに占められる。彼の言葉に答える余裕なんかない。一直線に笛吹さんへ向かい、その体を抱き締める。少し消毒の匂いがする。構わず肩に顔を埋める。全神経で笛吹さんを感じたかった。なんて懐かしい感触。
「なっ、ちょっとまっ、ヒグチ……!」
「…………よかった」
 なんとか絞り出した声は掠れている。彼の背中に回した手が震えていることに、気付かれてはいないだろうか。
「…………無事で。ほんとに、よかった」
 ぎゅう、と抱き締める。おずおずと笛吹さんの手が俺の背に回され、ぽんぽんと頭を撫でられる。それで漸く震えが止まった。











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2009.06.10.
今回は笛吹さんがかっこいいウスヒグです。
ヒグチのかっこよさはまだ男前のレベルだけど、
笛吹さんのかっこよさは漢と書いてオトコと読ませる漢前だと信じています。


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