いつかどこがで誰かが云った。
 成功とは欲しいものを手に入れること。
 幸せとは手に入るものを欲しがること。






「なんだってさ、源」
「へえー、それであんたは一体何が云いたいんです、先生」
「僕はお前を好きだったら幸せだったんだなあと思って」
 その結論にはさすがの頼光の手も止まった。ちなみに頼光がしていたのは童子切安綱の手入れで、隣でしゃっしゃっと刃物を研ぐ音がリズミカルに聞こえていたが、彼がその愛刀で人間を切ることはないと知っている勘太郎は、ベッドに寝そべって大した感慨もなくその様子を眺めていた。
 安綱から手を離して、頼光はくるりと勘太郎へ向き直った。
「つまり、あんたは僕なら手に入ると思ってるわけだ」
「まあねー」
 はああ、と頼光はわざと大仰にため息を吐いてみせる。
「馬鹿な庶民はすぐ付け上がるんだから。高貴な僕が先生みたいな売れない民俗学者のモノになる? ふざけてもらっちゃ困る」
「今日も家に呼び付けといて、お前の面の皮の厚さには恐れ入るよ」
「あんたが物欲しそうな顔してるから気を遣ってあげたんじゃないか」
「してないよ!」
 勘太郎がぼすん、と枕(最高級国産羽毛入り)を叩くのも意に介さず、頼光はわざとらしくあれ? と首を傾げた。
「ということは鬼喰いが好きで好きでたまらない先生は、鬼喰いのことは手に入らないと思ってるわけだ」
 ふん、と勘太郎は鼻を鳴らす。
「お前みたいにちょっと誘ったら乗ってくるようなと春華を一緒にしないでよね」
「やっぱり誘ったんじゃん」
「うるさいですよ!」
 逆切れするときの勘太郎はまだ機嫌が良い。機嫌が悪いと、片眉をぴくりと上げてふん、と言ったきり冷たい目で頼光を見詰めて挑発にも乗らず彼を切り捨てる。この人は妖怪に対する愛情の百分の一も、人に対しては持ち合わせていないのだ、と頼光が時折勘太郎を本当に斬りたくなることを勘太郎は知らない。
「でもそう考えるとお前も可哀想だね」
「は?」
 勘太郎の論理が急に飛躍して、応える頼光の声は自然と乱暴になる。
「僕は絶対にお前のものにならないし、春華も他の妖怪クンも絶対にお前になんかあげない。一応言っておくと蓮見もあげない。お前の欲しがるものは全部僕がもらう」
 その唐突な宣言は頼光を怒らせると同時に少し困惑させた。何故ならこれまで二人きりの時に、二人の目的が相対するものであると口に上らせることはなく、いつの間にか不文律のようになっていたからだ。喧嘩する時でさえ二人はその話題を避けた。
 頼光が怯んだ隙に勘太郎はなおも続ける。頼光のベッドに横になったまま、枕に頬を付けて九十度回転した視界で頼光を見ながら。
「あんまり可哀想だからこの部屋の中では僕はお前のものになってあげるよ」
「……この部屋の中で、は?」
「外では僕は春華を愛していたい。だけどここでは僕はお前だけを愛してあげる」
 自信満々に勘太郎はにっこりと笑った。ひどく淫らな笑みだった。は、と頼光は短く笑った。
――― それはそれは」
 あんたらしい残酷さだ。
 そうして緩慢にベッドに近付くと勘太郎の口を唇で塞いだ。このまま息が出来なくなって心臓が止まってしまえば良い。僕もあんたも幸せなまま死ねる、そういうことだろう。そんな頼光の思いを読んだように、勘太郎がカリ、と首筋に爪を立てた。











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2009.08.23.
勘太郎の頼光いじめ全開。
頼光はたまに戯れを装って勘太郎の首筋に刀を当てていると思います。


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